ARTICLE

「そうだ、京都、行こう」

ss_DSC00637

「そうだ、Kさんち、行こう」今年の年賀状に聞き覚えのあるコメントを見つけた。差出人は、私の数少ない女友達のひとり。名の知れた下着メーカーのトップデザイナーとして国際的に活躍中の女性だった。
その昔、同じ会社でプロジェクトメンバーの一員だったが、いつの間にか差がついてしまった。行動力が伴う、とてつもない才女である。

この彼女、以前に仕事の都合で京都に居を構えていたが、ある時、急にパリに引っ越したと聞いてたまげた。同じファッションデザイナーのご主人も、しぶしぶ後を追ったらしい。この夫婦が久々に帰国して、今度は京都の山科に古民家を買い取り、自分達の好みに改装したという。「一度見に来てね」年賀状はその招待状を兼ねていた。

山科は、京都駅からたった一駅。四条烏丸からも東山を越えてすぐの所。あまりに近そうなので、タクシーで行ってみた。築90年の古民家は、100坪の枯山水に抱かれて、見事に蘇っていた。夫婦のアトリエを兼ねていたが、禅寺を彷彿とする実に簡素な佇まいである。「これまでに溜めたものを、トラック2台分捨てたわ」笑いながら彼女が言った。「いいものを少なく」私の理想が体現されていた。

モダンなガラス板一枚の棚に花一輪。床の間には自作の掛け軸と前衛的な花瓶が。黒光りする柱と梁が漆喰の壁と調和し、高窓からは陽光が降り注ぐ。和と洋、過去と現代が呼応し、随所に心憎い演出がされている。ご主人の手料理に舌鼓を打ちながら、しばし想い出話に花が咲いた。

酔いが回った頃、なぜ京都なのか聞いてみた。その答えが彼女のアトリエの資料庫にあるという。「ほんの一部よ」と言いつつも、出てくる出てくる大量の古(いにしえ)の布地や文様のストック。これが世界のセレブにもファンが多いという彼女のデザインの源なのだ。

寺社見学、名庭拝見、三大祭りの見物、祇園、先斗町の夜遊びなどなど、観光地としての京都の魅力は尽きないけれど、奥深い文化の蓄積と新たな可能性。京都の魅力は、こんなところにもあるらしい。

「そうだ、Kさんち、桜の散り際にまた行ってみよう」
千年の都が急に身近になってきた。

関連記事一覧

単行本

建築家が自邸を建てた その歓喜と反省の物語

Amazon&大手書店で好評発売中!

Amazonで買う

最新記事