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メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語」
2001/09/17(隔週月曜日発行)
第1章 土地を選ぶ
1. 「信頼」や「口約束」はトラブルの素
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□ ご購読感謝
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みなさま、こんにちは。はじめまして。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。
このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸
を建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。
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■ (1) 「信頼」や「口約束」はトラブルの素
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私は"運"と"勘"がいい-そう信じている。
今から十五年前、あの未曾有のバブル期の直前、今がチャンスと"勘"で30坪
弱の敷地に建つ古家を買った。東京都渋谷区笹塚という、新宿から電車で1駅、
住宅地と商業地とが混在している利便性のいい土地柄であった。古家は建物の
半分を米穀店が店舗併用住宅として使っており、残りの半分は耳鼻咽喉科の診
療所に貸してあるちょっと特殊な物件であった。
当時の私は、勤務先の新宿高層ビル最上階のオフィスで、「ホテルアーサー
札幌」という超高層ホテルのプロジェクトリーダーを任され、また新商品とし
て医療ビジネス関係の企画開発で度々海外に視察に出かける超多忙なヤングエ
グゼクティブ(当時は自らそう錯覚していた)であった。ある日、ふと、黒塗
りのハイヤーの後部座席で、そろそろ田舎の両親を安心させるために家でも買
って、結婚しなくては・・という思いがよぎった。
建築設計の知識は多少あっても、不動産に関する知識は、はっきり言ってゼ
ロ。しかも、ヤングエグゼクティブとしては、細かいことにこだわらないとい
う妙なプライドと、超多忙を理由に、駅前不動産の仲介業者にすべてお任せ。
境界の確認すら行わないで契約してしまった。(今、冷静に考えると背筋がぞ
っとする。)
隣の賃借人の医者とも、「建て替えのときは協力します」との一筆を頂戴し、
後はすべて「口約束」。相手は社会的地位のある医者。何も問題は生じないは
ず-。と性善説を信じる私の思いと裏腹に、数年後にトラブル発生。結果的に
は二年間の裁判を経て、そこからさらに我が家の建て替えは五年間待たされる
ことになった。
そのくだりをもう少し詳しく説明したい。
この古家を買ってまもなく、私は新宿超高層ビル最上階のオフィスを出て独
立した。そこへあのバブルの波がおしよせてきた。この世の春とはこのことか。
断っても断っても仕事が来る。朝オフィスに行くと、仕事の依頼のFAXが連
なっていた。
地価も上がった。私の買った古家の周りの小さな店舗や住宅が次々といなく
なる。
地上げだ。坪1000万円の声も聞く。買値の3倍だ!
ああ、なんて私は運がいいのだ・・。
電卓の数字にちょとした資産家になった気分の私は、毎夜、毎夜、浦島太郎の
ように飲み屋街に繰り出していた。
はっと気付くと、私は39歳になっていた。後がない。浦島太郎を返上して、
ようやく婚約に漕ぎつけた。私は美しい婚約者に「この古家はすぐに建て直す
から。」と殺し文句を送った。
翌年、無事結婚して幸せモードの中、美しい妻からおねだりがきた。
「ねぇ、あの約束は?」
「うん、わかっている。」
早速、隣の医者に建て替えの意思を伝えた。ところが、私達の甘い新婚生活は
ここで終焉を迎えたのである。
あろうことか隣の医者、建て替えに同意するどころか、あの時の「口約束」
を全て否定。しかも法外な立ち退き料まで要求してきたのだ!!
思えば、私も悪い。
「建て替えのときは協力」してもらえるのだからと下手(したて)にでて、賃
料もずっと据え置き。契約期間5年(つまり、更新料は5年に1回しかかから
ない)。バブルのせいもあって周りの物件と比べると、格安になっていたのだ。
当然、移転しようにもうちのような物件は見つかるはずもない。診療の合間
に頼みに行ってもけんもほろろ・・・。そのうち、「あとは代理人の弁護士と
やってくれ」ときた。こちらも慌てて弁護士を紹介してもらい、相談したら案
の定裁判となった。
相手は小さいながらも開業医。隣接の杉並区に80坪もの敷地の立派な一戸建
てに住んでいる。写真まで撮って訴えた。こちらは、長男で、年老いた田舎の
両親を引き取るという「正当事由」も主張した。裁判官曰く「現在の借家法で
は、借り手が保護されていて、家主の立場はめっぽう弱い。心情はよく分かる
が法律がそうだから。」と逆に説得される始末。
この時ほど、自分の不甲斐なさを悔いたこともない。一生に一度か二度の大
きな買い物の契約行為を甘く見た天罰と言えようか。結局、2年かかった裁判
の和解調停案は、「医者は5年後に立ち退くこと。それまでは現状維持」とい
うものであった。
これを転機に、私は厄年に突入した。"運"と"勘"はしばらく息をひそめるこ
とになる。
それからの数年間、バブル崩壊とともに仕事依頼のFAXは時折しか稼動せ
ず、私の家族にとっては物心両面で惨めな時代が続くことになる。この間に子
供が二人生まれた。古家の2LDKの一室は、私のオフィス。8畳のLDが居間
兼応接間兼子供部屋。
ある時、銀行の支店長が訪ねてきた。
部屋中散乱したオモチャを掻き分け、座る場所をつくる。さすがに冷や汗が出
た。夢に見た新婚時代のオシャレな生活とは程遠く、多額の住宅ローンを抱え
先が見えない心境をお察しいただけようか。
このマイホームを購入するに際し、同居を夢見て老後のための貯金を解約し
た田舎の両親は、孫の顔見たさに度々上京するものの、狭い古家に居場所が無
く、近くのアパートを借りることになった。
「隣の医者さえ約束を守って建て替えに協力してくれれば-。」
「まったく高い買い物をしたものだ。」
新たに加わった義両親も含め、家族一同、作り笑いの日々が続く。
自分の所有でありながら、自由にできないもどかしさの中で、身から出た錆
と諦めもつく私と異なり、あの約束を信じて妥協した妻は納得できようもない。
隣の医者と顔を合わせる度にストレスが溜まり、いつしか「嘘つき」のレッテ
ルは、あの医者ではなく、この私に貼られていた。
ある日、仕事の合間に、不機嫌な妻の気晴らしにと建て替え後のパースを描
いてみた。鉛筆書きの、私にとっては朝メシ前だが、それを見る妻の目はうる
んでいた。
それからは、妻と私は、二人の子供が寝静まると、この古家を解体した後の
念願のマイホームの設計に時間を忘れる日々が訪れた。遠くに一筋の光が見え
るとはこのことか-。
新築を決意して七年。裁判が始まって六年が経過していた。
(つづく)
