
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.43」
2004/2/6(不定期発行)
第7章 内装
1.内装制限の中で(2)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□
□ ご購読感謝
□
みなさま、こんにちは。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。
このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。
■
■ 内装制限の中で(2)
■
そもそもライトの住宅を要約すれば、木と漆喰、レンガ積みに石畳。そして、
連続する窓が特徴で、たっぷりした屋根と横に広がる空間が印象的だ。内装と
いう点で捉えてみれば、外部の自然がそのまま内部に入り込んでくる感じで、
素材そのものの美を追求している。そこには室内を無意味に飾り立てる「化粧」
という考え方はまるで無い。今から百年ほど前、ライトが注目を集め始めた頃
のアメリカでは、ヨーロッパの伝統を受け継ぐ装飾的な室内空間が主流で、ラ
イトの設計する一連の住宅群は当時では前衛的に受け取られたに違いない。題
して有機的建築、または草原住宅とも称された。
「ちょっと待てよ。果たしてこの特徴ある空間が私の住宅のテーマになり得る
のだろうか。」私は冷静になって考えてみた。すると、自然に笑いが込み上げ
てきた。なんと私の自邸の環境とライトのそれとは、ことごとく逆な方向にあ
るではないか。
私の場合、敷地は狭く空間は三階建てで縦に伸びている。室内は内装制限に
よって、木などの燃えやすい材料は使えない。窓ガラスは全て網入りで、おま
けに隣の視線を気にして全て曇りガラス。隣地は木賃アパートで周囲の環境な
ど、とても取り込むどころでは無く、むしろ背を向けて遮断したいところなの
だ。
生まれ故郷の岐阜の田舎であれば、多少は実現可能なライト風の自然派住宅
は、この東京の住宅密集地では、きっぱり諦めざるを得なかった。つまり、い
くらポリシーのある建築家が手掛けたとしても、やはりその敷地の環境や条件
によって建築のスタイルは変わってくるものなのだ。
さて、では自邸のコンセプトはどうしたものか。いつものことながら、深夜
の事務所で夫婦ふたり、熱いお茶を啜っている時、妻が何気なく言った。「ホ
テルのような住宅っていいじゃない。」突然の提案に私は返答に困り沈黙が流
れた。古家の一階を改装した狭く息苦しい事務所ではあるが、来客用にこれま
でに設計した建築作品の写真が数枚額に入れて壁に飾ってある。よく見ると、
そのほとんどが見栄えのするホテル建築だった。今思えば、妻はその写真を眺
めていたに違いない。
「妙案かもしれない。」そもそもこれまでの設計活動の中で、わたしが最も深
く携わってきた分野はホテルだった。その件数においても、費やした時間にお
いても他を圧倒している。得意分野と言ってもよいだろう。人間「好きこそも
のの上手なれ」と言うではないか。うまくまとまるかもしれないと思った。確
かにホテルは、内装という点から見れば住宅との共通点も多い。特にホテルの
客室で、居間の部分と寝室を分けているものをスウィートルームと呼ぶ。ここ
にキッチンを設置すれば、立派な住宅となるではないか。
余談だが、私とホテルとの出会いはこうだった。オイルショックの翌年、ろ
くな就職口も無く、大学卒業と同時に泣き泣き就職した住宅開発デベロッパー
が、時代の追い風を受けて急成長を見せた。入社3年目にして社内に分離独立
運動が勃発し、私は革新派の部長一派7人とともに、さらなる飛躍を目指して
新会社設立の一角を担ったのだった。保守派の「ここにいれば充分食っていけ
るのに・・」と言わんばかりの冷ややかな目線を受けながら。
その会社が9年後に私が独立するため退社する時には、社員はなんと六百人
を超えていたのだから人生おもしろい。当時35歳で年収ン千万円、黒塗りのハ
イヤー付きをあっさり捨てて、たった一人で設計事務所を開業するというワガ
ママに、またしても9年前と同じ冷ややかな目線が送られたのだが。
それはともかくとして、7人で興したこの会社、手間ヒマがかかる割りに収
益が少ない個人住宅の供給に見切りをつけ、いち早くマンション事業にシフト
して業績を伸ばしていくのだが、そのうち銀行筋から都心の一等地でホテル事
業をやらないかと勧められることがあった。慌てたのは設計担当の私だけでは
ない。当時三十そこそこのT社長、頭の回転は驚くほどで、しかも雄弁。カリ
スマ性すら漂っていたのだが、失礼な話、北海道から上京して苦労の連続。ホ
テルを利用する機会など皆無だった。
「一から勉強するぞ。」そう言い放ったT社長、次の週にはニューヨークに
いた。「ところで可児君、一緒に来るか。」「いいとも」と言ったかどうか。
こうして私は、恥ずかしながら「ただ独身生活が長く、他の社員より身軽だっ
た。」という単純な動機で、秘書を兼ねて頻繁に欧米の高級ホテルに泊まる機
会に恵まれたのだ。それも決まって一泊数十万円のスウィートルームにである。
いつも社長といっしょというハンデを差し引いても、実体験をもとに得た知識
は大きかった。人間なにが幸いするか分からないものだ。
「百聞は一見にしかず」。泊まるたびに毎回「目から鱗」だった。何事もそう
だが、 最高を知れば、次のクラスは大抵察しがつくというもの。ホテルに一
度も泊まったことの無かった若い設計士は、その後4,5年の間に、なんと十
ヶ所以上のホテルを誕生させてしまった。その時の経験と自信は、後日独立し
てからも、継続してホテル建築に関わってこられた原動力になった。そんな経
緯から、今日では著名な外人デサイナーとも対等で仕事が出来るなど、世界的
レベルで勉強の機会を得た私は、実にラッキーだったと言える。
さて、ホテルの仕事を基準に内装を考えると、住宅に関して思うことがある。
設計士が参加して、きちっと設計監理されたものを除き、一般住宅の内装より
は、はるかにホテルの空間が上質だと思われることだ。大手住宅メーカーの展
示場にある、本当はいくら工事費がかかっているのか聞きたくなるような豪華
なモデル住宅と比較しても、やはりホテルに軍配が上がるのではないか。
ましてや地元の工務店が設計施工で請け負う注文住宅や、分譲住宅の多くは、
室内空間において、私の学生の頃と何ら進歩が見られないようにも思われる。
きっとそこには、ホテルのように室内空間への競争原理が働かないからだろう。
特に分譲住宅ともなれば、施工にあたる関係者は、着工したら一刻も早く販売
することに精一杯で、住み良さのために勉強しようとか、洗練差せようとかと
の意欲も無いに違いない。ともかく、ホテルの空間からはかなり遅れているの
は事実だと思うがいかがなものか。
ともかく、こうして私の自邸は「ホテルのような住宅」を目指すことになっ
た。では、ホテルの室内空間にはどんな特徴があるのだろうか。今までそんな
事、考えもしなかったが、よい機会だから整理してしてみることにした。
さて、ホテルといっても広うござんす。そこで最も住宅に近いと思われる、セ
ンスの良いスウィートルームを想い浮かべてみることにしよう。
(つづく)
