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建築家の自邸、満足と反省の物語

壁材を選ぶ(3)

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  メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.47」

  2004/6/1(不定期発行)

  第7章 内装

   2.壁材を選ぶ(3)


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□ ご購読感謝

みなさま、こんにちは。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。

このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。



■ 壁材を選ぶ(3)


そんな訳で、この娯楽室の設計には力が入った。頼まれもしないのに暖炉も
つけた。そして、この暖炉に似合う内装という視点から、普段は外装材として
しか使用経験が無かったシッタという左官材をパブリックスペースでもあるこ
の空間に採用したのだった。しかしこれが予想に反して効果的だった。

 色彩もベージュよりはややオレンジ色で暖かさが出て、しかも斬新だった。
夕方には西日を浴びて黄金色に輝き、夜は間接照明でホテルのロビー空間に変
身するのだ。この時、シッタは内装材だと確信をもった。しかし、この暖炉、
後で聞いた話だが、『病院が丸焼けになるのは困る』という理由から、クリス
マスイブ以外まったく利用されていないらしい。

 あの時から四年。私の設計した建物の中に、このシッタが度々登場している。
白、オレンジ、緑と色彩を変えているので、自分では特に多用している意識は
無いのだが、そういえばこの材料メーカーから、ここ数年きまってお歳暮が届
くようになっている。

「よし、この際このシッタで勝負だ。」そう決めた後は、早速価格の交渉に入
った。シッタという材料、輸入品のためか、決して安くは無い。値段から言っ
て左官材としては最高峰に位置している。従ってカタログの設計価格では、は
るかに予算オーバーとなる。一方、左官の手間も馬鹿に出来ない。手間代は馴
染みの左官職人、緑川さんに、全てそれに統一するからと、可能な限り下げて
もらった。

 色はもちろんあのオレンジに決めた。これは義兄の住宅を作った時の感動に
も似た体験を思い出したからだ。そしてまた、ホテルの仕事で知り合った外人
デザイナーの誰もが、無難な白を避け、「ちょっと濃いかな。」と思われる色
調をあえて採用することで、深みと高級感を出すのに成功しているノウハウを
自邸にも活かしたかったからでもある。

 シッタ以外の材料としては、居間の一部にリブ状になったアルミパネルを張
って、現在の流行である無機質な感じを演出してみたが、これはあくまで装飾
的な意匠。全体的にはオレンジ色の壁面が一階の玄関から三階の居間まで永延
と続くことになったが、天井を白に統一したためか、思ったより重苦しさは感
じられない。

 ところでこのシッタという材料、思わぬ欠点があった。暮らし始めて数ヶ月、
最初の犠牲者は長男のケイスケだった。成長盛りの6歳、無理も無いのだが、
とにかく廊下を走る走る...。あげくは階段がカーペット仕上げなのをいいこと
に、頭から直滑降。走れるほど長い廊下があるのはちょっと自慢話に聞こえる
かも知れないが、そこは借地ということで勘弁していただくこととして―。

 さてこの元気印の長男、住み始めてまもなく「ギャー」と悲鳴をあげた。二
階の事務所にいた私が「何事か」と駆けつけた時、彼は肘を抱えて廊下でのた
うち廻っていた。いつもの事ながら、全速力で駆け抜けたケイスケは勢い余っ
て壁に激突したのだ。

 その時、大理石を細かく砕いて樹脂で固めた左官材料は、スピードが加わっ
た瞬間、なんと「紙やすり」と化していたのだった。肘から二の腕にかけて筋
状の裂傷は見る見るうちに血が滲んで、見るからに痛そう...。「馬鹿者、神様
のバツだぞ、廊下は走るなと言ってるだろう。」と叱りつけながらも、心では
「すまん、設計したパパが悪かった。」と罪悪感を覚える出来事だった。一方、
シッタの方はいつものように質感のある面が、左官の腕を誇示するように均一
に広がり、痛手を負わせた痕跡すら全く見当たらなかった。


 たしかにこの材料、クラックは皆無だし、汚れもまったく付着しない。サイ
ンペンのキャップを力いっぱい擦り付けてみようものなら、驚くことに壁では
なく、このキャップが無残に磨り減ってしまうほど固いのだ。しかし、逆にこ
のハードな仕上げは、生身の人間にとっては凶器となる。それから何度彼の悲
鳴を聞いたことやら。さすがに3年も経つと、条件反射のお陰か、すり足で壁
に接触しないで走り抜ける術を会得したようだが。

 しかし、最近になって今度は、5歳の長女が同じ道を辿ることになった。こ
れには私も参った。私に似て色白のタカコは近所の商店街でもちょっとした存
在。その愛娘を傷つけるとは...。我慢にも限度がある。遂にメーカーの所長に
抗議の電話をかけてしまった。

 当惑気味の所長、長い付き合いでもあるのだが、申し訳なさげに「粒子の細
かいSタイプもありますので...」と後日その見本を届けに来た。なるほど凶器
としての粗さは改善されているものの、少し離れてみるとさらりとして今ひと
つ表情の深みにに欠けている。

 やはり、世の中完璧なものなど存在しない。万物、長所もあれば短所もある
ものだ。その後も、私の自邸をご覧になった多くの皆さんの希望で、このシッ
タを内壁に採用することも少なくない。しかし、小さなお子さんが居る住宅で
は、「くれぐれも、ほんとに、よろしいですね。ファイナルアンサー?」と必
ず二回は念を押すことにしている。

(つづく)

 
 
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