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メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.51」
2004/10/31(不定期発行)
第7章 内装
4.木との共生(2)
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□ ご購読感謝
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みなさま、こんにちは。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。
このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。
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■ 木との共生(2)
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さて、ご存知のように無垢の木では、割れが入ったり反ったりして内装材と
しては都合が悪い。そこで、集成材の表面に美しい木肌の薄くスライスをした
単板を貼る「練り付け」という手法が普及し、家具を中心にその技術も発達し
ている。こうすることで、普段は高価で高嶺の花だった銘木が、普及品として
使用できるようになった。
私は、木場屈指の木材問屋の柳瀬さんから、建具の枠や窓枠を専門に、この練
り付け作業を行っている工場を紹介してもらった。フローリングの場合は薄く
スライスした単板の上を毎日歩いているとすれば、とても採用する気になれな
かったが、メーカーの営業マンが「それでも10年は大丈夫ですよ。」と言う証
言から考察するに、踏みつけたりする過酷な条件が無い家具、建具、窓枠など
では、数十年間は美しい木肌が保てるはずだ。
この集成材工場、千葉県柏市の工場団地の中にあった。実際に行ってみると、
若い社員数十人がフル操業。チョット前までマドンナと呼ばれただろう経理の
お姉さんをはじめ、みな明るく親切だった。こうした会社には社長の人柄が表
れるというもの。今西社長から聞くに、「昨今のマンション建設ブームで、高
級仕様の内装として、木肌が美しい練り付け材の需要が高まってきている。」
らしい。
塩ビのシートで包まれた新建材の加工品から差別化を計るため、内装のグレー
ドを上げようとすると、この練り付けの技術に行き着くらしい。安かろう悪か
ろうが横行する今日のマンション建設業界。そんな折、こうしたひと手間かけ
た工場が忙しいのはとてもうれしかった。勿論わが自邸でも早速採用に踏み切
ることにしたのだった。
図面から数量を拾って、実際に発注をしてから納品までに、約一ヶ月かかる。
では、具体的に樹種を何にするか。一般的に、こうした内装材の単板には普通
松や杉などの針葉樹は使われず、代わって、ナラやサクラの広葉樹が大半を占
める。一方、和風住宅では事情はまったく異なり、そのほとんどが針葉樹の材
で構築されているのがおもしろい。
木肌が細かく白木のままで美しいヒノキや杉が、木と紙と畳で構成された日本
の伝統建築の主役となったのも自然の成り行きであったろう。細胞組織が複雑
で、木目も変化に富んだ広葉樹は、概して固く削ったままの肌は決して美しく
ないが、一旦化粧をすると、がぜんその木肌が光りだす。現在我々が洋風の室
内で内装材としてして求めるのは、主として塗装がされた広葉樹の類である。
柏市の練り付け工場の材料倉庫を一巡してみた。巾20センチくらい、長さ3メ
ートルほどの紙状の薄くスライスされた単板が山と積まれているものは、やは
りどれも広葉樹の材であった。その中で目にとまったのがメープルと呼ばれる
カエデの材とサクラだった。これを集成材やベニヤ合板に巧みに貼っていく。
塗装され仕上がった状態を見るには、この単板を濡れタオルで拭いてみるとよ
い。湿ったこの色がクリアラッカーで仕上がった時にほぼ近い。仕上げの塗装
の際、よく木肌に着色する場合があるが、どうも嘘っぽくて私は好まない。
結論として、自邸ではやや色の濃いサクラの木肌を選ぶことにした。理由は、
主な内装に決定した左官材の色に似ていたことだ。窓枠や建具枠、それに建具
自体の色が全て統一され、しかも壁の色に対して、主張するより溶け込んだ方
がよいと思ったからだ。勿論塗装は透明色のクリアラッカー仕上げで自然の色
とした。
出来上がった造作材は、それは美しいものだった。材の中身は暴れん坊の木片
を接着して作った集成材だとしても、表面は優等生のサクラ材だ。しかも貼る
技術が高く、どこから見ても手にとって触れてみてもまったく無垢としか思え
ない。ここまで来ると偽物の域を越えているどころか、水にぬらしたり、踏ん
づけない限り、狂いの少ない優等生であり続けるだろう。
そうこうしているうちに、ちょうど名古屋の全日空系ホテル、ホテルグラン
コート名古屋の内装監理の仕事が佳境に入っていた。この現場では、インテリ
アデザイナーは米国人。私の仕事は、彼らのデザインを生かすべく、わが国の
様々な法規制の下、コスト的にも帳尻を合わせるコーディネートの役目。聞こ
えは簡単だが、これが誠に難しい。この時の奮闘記は別の機会に譲るとして、
木のことについて語れば、嬉しい発見がいくつかあった。
提案された木のサンプルの中に、私の感性を揺り動かしたマッカーサーエボニ
ーという木があった。仏壇に使用される黒檀程濃くは無く、今では伐採禁止に
なっているらしいローズウッドより都会的で品が感じられる。どうしてもこの
ホテルで採用したかったが、調べた結果、国内での調達が無理と分かった。
つまり在庫がまったく無いのだ。
それに加えて、このホテルのイメージを決定的にするであろうほど、大量に使
用されるホワイトシカモアという材が、異常に高価で、とても予算内に納まら
ないことが判明したのだ。金額的には億に近い話である。外人のデザイナーは
一歩も引かない。工事を担当するゼネコンも、簡単にはOKできない額である。
押し問答が何日も続いた。
最終的には、妥協案の提出がこの私に求められた。はて困ったあげく、私はあ
の戸沢さんに相談したのだった。「似たものでホワイトアッシュがあるが、い
いものはイタリアに行かなければー。」との提言。当時の設計監理チームの上
司だった上村氏と私は、直にゼネコンに掛け合ったのだが埒があかない。「何
とか日本で調達できる範囲でお願いしますよ。」の一点張り。相手は業界でも
有名なケチなゼネコン「S」だった。コノヤロウ。
「郷土に錦を飾る」そんな意識も手伝ってこの仕事に携わっていた私と、風貌
も言動もダンディな上村氏は、このまま黙って引き下がれない。ゴールデンウ
イーク間近のとある昼食時、どちらとも無く言い出した言葉が「かくなるうえ
は、自腹切って、イタ公と直接交渉してやろうじゃないか。」
一週間後、燃える2人はイタリアのミラノの街に立っていた。いや、正確には
2人ではなく4人。他の2人とは、何と私の妻とその妹。どちらも近々自分が
マイホームを作るための参考になればとの名目で強引に同行。資産家の御曹司
の上村氏はともかく、この私が気前良く自腹が切れたのは、結婚後初めての
「女房孝行」という隠された理由があったのだった。
ミラノ市街から北に車で約2時間。世界でも三指に入るらしい巨大なツキ板工
場を見学し圧倒された。多少の例外を除き、木目の美しい貴重な木材は、世界
各地の産地から、ここイタリアに集められ、そしてまた世界各地の家具や建材
メーカーに配送される。大理石なども同様なルートを辿るようだか、さすがに
そのストックの規模は想像をはるかに越えていた。「おっしゃっていただけれ
ば、どんな種類でもお見せできます。」
メイドインジャパンが最高と今でも疑わない私には、ちと悔しかった。
ダンディ上村と私は、早速ホテルグランコート名古屋の内装に使用するホワ
イトアッシュを探した。束になったツキ板の梱包を開けてもらい、特に木目の
美しいのものだけを選んだ。「あるある、あるではないの。」二人とも思わず
頬が緩む。ついでに、マッカーサーエボニーなるチョコレート色のツキ板も調
達することにした。
木は生き物。同じ種類でも一梱包ずつ開けてみるとその色合いや木目の表情は
少しづつ異なっている。濡れタオルで拭いてみて、仕上がりの見当をつけなが
ら、日本に送るものに印をつけて廻った。その数、百束以上。いつしか、胸の
谷間から汗が滴り落ちる。こんな涙ぐましい陰の努力があって、ホテルグラン
コート名古屋の内装は、実に品のある暖かい表情となって、今でも好評を得て
いる。
さて、このホテルが竣工を迎える頃、いよいよわが自邸の工事が始まった。
「そうだ、あの時の在庫が多少あるはずだ。」私は三年の間、毎週名古屋に新
幹線で通った思い出も込めて、ミラノで選んだ余り物の材料を自邸のどこかに
使用したいと考えた。
そして、白木のホワイトアッシュは収納家具の扉に、濃い赤茶のマッカーサー
エボニーは壁面収納の引き戸と居間の壁の一面、さらに天井まである大きな下
足入れの扉にも使用した。どれもワンポイントの使い方だが、他の壁のほとん
どがオレンジ色の左官仕上げなので、そのどれもが生かされ、「ホテルらしい
家」に大きく貢献することになった。残り物には福があったわけだ。
こうして、わが自邸では、防火規制から、内装としての木の量はけっして多
くないのだが、使用している木はすべて吟味されているので、どれもが存在感
がある。「木の良さが感じられますね。」内覧会で訪れる人たちの多くの声で
ある。
ところで、同行したわが妻とその妹だが、予想通りツキ板工場なんぞまった
く興味なし。幼い子供たち、合わせて四人を婆ちゃん爺ちゃんに押し付けて、
観光三昧の日々が続く。確か、研修じゃなかったっけ。
「まあ、ここのところは、たまの奥さん孝行と割り切って。」ダンディ上村の
言葉になんとなく納得。
ボランティア的な仕事を終えた我々一行は、意地も手伝って、その後、イタ
リアでも有数のホテルを廻ることにした。中でも、ベニスのホテルチプリアー
ニと地中海に面したポートフィーノのホテルスプレンディッドは「一日セレブ」
の疑似体験ができて、今でも心に残る日々となった。
(つづく)
