トイレの考察 - 設備の大切さ - SE構法、重量木骨、注文住宅なら一級建築士事務所 QUEST クウェスト

建築家の自邸、満足と反省の物語

トイレの考察

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.64」

  2005/7/26(不定期発行)

  第8章 設備の大切さ

   5.トイレの考察

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


□ ご購読感謝

みなさま、こんにちは。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。

このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。



■ 5.トイレの考察


爺ちゃん婆ちゃんも含めて家族6人なので、トイレは2ヶ所必要だと直感し
ていた。以前、古家に住んでいた時は、一階が10坪ほどで真中に急な階段があ
り、その段板の下を利用してトイレがあった。そのためどこにいても、いつも
ジャージャーと水洗音が聞こえていた。

トイレのドアを開ければ、目の前はキッチンだし、その隣は食事室兼居間兼子
供部屋だったから、今になって振り返ると新婚時代の妻にはずいぶん気の毒な
ことをしたものだ。そんな思いもあって、新居では間取り的にトイレをどこに
配置するかが重要なポイントになった。

 限られたスペースのなかで、一般的に効率のよい間取りを追求すると、廊下
の少ないものになる。最近の建築雑誌の中には、この廊下がまったく無いもの
も少なくない。しかし、トイレの位置を真剣に考えていくと、どうしても居間
や食堂など家族がいつも集まる場所から離したくなるし、ドアが直接見えない
ように、その前に衝立のような壁が欲しくなる。

さらに音の問題を考慮すると、どうやら廊下を作らざるを得なくなった。こう
して個室群を貫く長い廊下を作ることが確定し、そこに面してトイレの位置も
定まっていった。

 次にもう一つのトイレをどこに作るか。生活の主体となる三階のすぐ階下に
私の事務所がある。そこにもトイレが必要だったから、これを兼用することに
した。階が違えば音の問題もないし、予備としてのものだから結果的にこれで
よかった。

昔からトイレの広さは畳一帖と相場が決まっている。最近のマンションではそ
の3分の2まで縮まっているようだが、大抵どのお宅に伺ってもその程度の広
さと記憶している。ところが以前の我が家では、その一帖の広さに問題があっ
た。古家があまりにボロだったせいか、妻も私も新婚時代から「友達は呼ばな
い(呼べない)」という暗黙の了解ができていた。

そのせいか『誰も来ない』という安心感で、仮設の棚に単行本や雑誌が山と積
まれ、時々それらが床に転げ落ちていた。妻のケイコさんは無類の読書好き。
この私はその育ちが影響してか、タダ黙って壁を見つめて座っていることに絶
えられない貧乏症。

電車の中でもそうなのだが、ただ座っていると、だんだん「無駄に時間を使っ
ている」という罪悪感が増幅し、我慢ができなくなってくる。すかさず途中下
車してキオスクで野暮な雑誌を購入してしまうのだが、決まって読み終わった
後には後悔している。ほとんど何も得るものがないからだ。

そんな理由から、新しく作るトイレでは、来客時にも恥をかかないように雑誌
類が整頓できる、作りつけの棚板を最初から取りつけることにした。その分、
畳の数で言うと半帖、つまり畳半分だけ床面積が増えたわけだ。

さらにこの棚を利用して便器とは別の手洗い器をトイレの中に設置することに
した。以前使っていた便器の背後のタンクに手洗い器が付いているものは、格
好が悪いし、水も周囲に飛び散るので、この際タンクレスのすっきりしたもの
にしたかった。

 しかし、たった半帖広がっただけだが、その効果は絶大だった。「わぁ、こ
のトイレ広い。」と家族の皆が驚いた。たとえば寝室が8帖から7.5帖にな
ろうと、6帖の子供室が5.5帖になろうと、あまり意識の上で大差はないよ
うに感じられる。それが、もともと狭いという観念に捉われている場所が、ほ
んの少し広がるだけで感動に値するのだから人間の心理はおもしろい。

 さて、トイレを廊下に面して配置したまではよかったが、洗面室と浴室など
の水廻りをまとめることにしたので、優先順位としてどうしてもこのトイレが
外壁に面しない。ひいては窓が確保できないのだ。

たしかに戸建て住宅のトイレには窓がつきもののようだが、最近続々と建設さ
れるマンションではほとんどトイレに窓がない。隣の住戸と壁でくっついて、
外気と面する部分が限られるマンションでは、居室以外は物理的に窓が確保で
きないようだ。

それでも、換気を窓に頼っていた頃はともかく、照明のスイッチと同時に換気
扇が廻り、スイッチを消してもその後数分間、換気扇が作動し続けるという優
れものの遅れスイッチが普及した現在では、機能的にはそこに窓が必要ではな
くなっている。

我が家のトイレには、マンションのそれに習った訳ではないが、事務所のもの
をふくめ、いずれも窓がない。普段は真っ暗なので、使用する時はかならず照
明のスイッチを入れることになる。と同時に換気扇が廻るので、たしかに機能
的には何の問題はない。

ただ近い将来、私が夜間何度ももよおす羽目になった時のために、照明は極力
暗めに設定したので、窓がないことでやや閉鎖的な感があるのは否めない。風
景画でも掛けて、奥行き感を演出する方法もあるだろうが、今改めて「どっち」
と問われれば、「機能は別として、可能であれば窓は欲しいなぁ。」と呟いて
しまいそうだ。

 さてさて、住み始めてから普段困っていることは、いつも照明がつけっぱな
しとなること。犯人は長男のケイスケに決まっているが、しつけの失敗だけで
もなさそう。以前、住宅の設計を依頼された時、トイレのドアには必ず子窓を
つけていた。中で明かりが点灯したままになっていないかすぐ分かるようにす
るためだった。親切な設計と言うべきか。

しかし、今回は建築家の自邸である。この小窓は見方を変えれば野暮だしデザ
イン的には在ってはならない代物なのだ。こんな痩せ我慢的理由から小窓を止
めて、トイレ内の照明が点灯すると同時に廊下側にあるスイッチの中の赤いラ
ンプが点灯するパイロットスイッチで代用することにした。結果は、推して知
るべし。誰として感知する者はいなかった。

要は習慣の問題だった。真髄にケチという節約の精神が宿っている、あのトヨ
タの本拠地の近くで育った私は、自然にスイッチをオフにする癖がついている
のだが、そのDNAは下の娘のタカコにしか受け継がれていない。「いい加減
にしろよ。ケイスケ!」と何回怒鳴ったことか。「あっ、ゴメンナサイ。」と
返事は良いが、一向に改善の気配は無い。

 ある時、近くに住んでいる義理の妹、エイコさんの子供たちが遊びに来て、
私の長男同様、トイレの照明を消さずに廊下を走り去っていくのを見かけた。
「コラ、電気を消しなさい。」大声で注意したのだが、彼は悪びれた様子も無
く、「あれ、叔父さんち、自然に消えないの。」ときた。 確か、しつけの点
では我が家以上に厳しく、エリート新聞記者の旦那が「ママ、叩くのは止めよ
うよ。」と忠告するほどと聞いている。

そういえば、我が家に遅れること三年。エイコさんも近所に念願の新居を構え
た。設計はもちろんこの私だが、我が家の教訓を基に、トイレの照明は人感セ
ンサー付きにしておいた。ひと気を感知し、自動で点灯、自動で消えるから、
この家の子供たちはスイッチをつける習慣はあるはずが無い。

さらに、「この家は、『生涯、最初で最後の家』だから悔のないように徹底し
て」と懇願され、トイレには最新鋭の機器を導入しておいた。おしりが便器か
ら離れたとたん、センサーが働いて自動に水が流れるというものだった。

嫌な予感にとらわれながら便器を覗くと、案の定、ブツがそのまま残っている。
自虐的な気持ちで、鼻をつまみながらレバーを押した。光熱費は節約になった
かもしれないが、これで本当に良かったのか -結論はまだ出ていない。

 ところで、トイレと言えばふと思い出す逸話がある。私は学生の頃、ある旅
行会社を通して欧州旅行をしたことがある。もう30年も前のことで、まだその
当時は海外旅行も盛んではなかった時代である。

無事帰国したあと、その旅行会社から依頼されてラジオ番組に出ることとなっ
た。要はその会社のピーアールなのだが、「声がイイから。」とのせられて芸
能人気分で港区の「ラジオ関東」のあるビルに向かった。

もちろん生放送だから午前0時を過ぎていた。番組名は「男達の夜かな」だっ
たと記憶している。本番直前になって、司会の広川太一郎氏から「深夜だから
おもしろい話にしてね。」と耳打ちされ、急に旅のエピソードを振り返ったの
が命取りだった。緊張から頭の中が混乱したまま番組が始まり、ふと我に帰る
とモロッコでのトイレの話になっていた。

「ホテルのトイレに入ったら紙がないんです。」
「ほう、それでどうしたの、君。」
「代わりに水の入った壷が置いてあり、迷った結果その水で洗いました。」
「それは右手、それとも左。」
「そこまで覚えていませんが、多分左手で。」
「あらダメだよ、右手でなくちゃ。イスラムでは左は聖なる手で、汚いものに
 触っちゃいけないんだょ。最近の学生はそんなことも知らないの。」
「済みません。」
「ところで、日本でも平安時代の貴族は手で洗っていたんだよね。」
「知っています。かわやの下に小川が流れていたりして。聞くところ、縄でも
 拭いていたとか。」
「あれぇ君、なかなか博学じゃないの。」
「いえ、建築学科なもので、ハイ。」

とまあ、こんなやり取りが30分も続き、今で思えば赤面する内容ばかりだった。
帰りがけに広川氏から肩をポンと叩かれて意気揚々と帰宅したまでは良かった
が、翌日、その旅行会社から電話があり「人選を間違えた。」と言われた時は
さすがにショックだった。

 今にして思えば、このモロッコで世界的に著名になった建築家の安藤忠雄氏
と偶然出会い、一週間いっしょに寝食を供にしたことでも話せば良かったが、
当時安藤さんはほとんど無名で、建築科の私でさえ時々雑誌で見かける人、く
らいの認識だった。

この間の移動はもっぱらバスとタクシー。タンジールからフェズまで、砂漠が
何時間も延々と続く。途中、居眠り中の安藤さんの頭がカクンカクンと傾く度
に、体育会系の私は齢が先輩というだけで、あの大きな頭を後ろから支え続け
ていた。「ウー、腕がしびれる。だがここで放せば首が折れるかも。」
現在彼が世界的に活躍できるのは、何を隠そう、この私があの時身を呈してム
チ打ち症を防いだからに他ならない。


(つづく)

 
 
SE構法、重量木骨、注文住宅なら一級建築士事務所 QUEST クウェスト 東京都渋谷区笹塚2-41-13