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メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.66」
2005/9/18(不定期発行)
第9章 建具とサッシ
2.木製建具の品質
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□ ご購読感謝
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みなさま、こんにちは。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。
このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。
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■ 2.木製建具の品質
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住宅の設計を始めた頃、最初に協力を得たのが家具職人の戸沢さんだった。
以前から知っていたので、何かプラスになればと相談に出向いたのだった。こ
の人は、時々専門誌にも取り上げられる優れた技術者で、出来あがった作品は
どれも思わず見入ってしまう程に美しい。十数年前、ある仕事でこの戸沢さん
に初めて会って、年甲斐もなくファンになった。だが、このことがある意味で
私にとって不幸の始まりだった。いわゆる「知ったらおしまい。」というやつ
だ。そして、その後の私の建築に、大きく影響を与えることになる。
当時多くのホテル建築に携わる機会があった私は、この人から木について広く
知ることになり、自然と木の温かい表情を生かしたインテリアに傾倒していっ
た。おりしもこの頃、ホテル業界ではロビー空間を従来の大理石一辺倒から、
外人デザイナーを登用して、美しい木肌に間接照明を当てる温かみのある空間
作りが脚光を浴び始めていた。記憶では香港のグランドハイアットあたりがそ
の火付け役ではなかったか。
わが国の伝統では、木を表装としてではなく構造体として捉えて、しかも木
肌そのままの美しさを尊ぶ気風が残っているようで、この路線を推し進めよう
とすればホテルオークラに代表される和風になってしまう。確かに気品は保た
れようが、昨今の女性達の気持ちをくすぐる優美さや華麗さに乏しくなってし
まう傾向にある。おば様たちを筆頭に今やホテルの重要な顧客となりつつある
女性の感性に呼応する空間作りに、どのホテル経営者も無頓着ではいられなく
なってきたのだ。
こうした時代の流れもあって、恥ずかしながら私が提案するデザインのほとん
どが評価され、その後も設計業界で生きていく自信につながった。設計事務所
の経営者としては、バブル崩壊後の仕事が少ない苦しい時期でもあったので、
本当に運が良かったと思う。
その後も埼玉県岩槻市の戸沢さんの工場に度々出向き、更に木についての造
詣を深めるにつれて、私の関心は家具や建具にも移っていった。家具に関して
は、戸沢さんの真骨頂だが、当時親交のあったカッシーナジャパン社長の武藤
さんからもイタリアやデンマークなどの優れた輸入家具の存在を知らされた。
私のホテル設計第一号作品に、当時はまだ珍しかったキャブと呼ばれる総皮張
りのイスをそのデザインの前衛性と値段の高さから迷いに迷って、もう清水の
舞台から飛び降りた心境で採用した時、感謝の気持ちからであろうか、社長自
ら額に汗して運び込んでいた光景を今でも思い出す。
私が社会人になった当初、ヤングエグゼクティブとは、きっとこんな人を言う
のだと思えるほどカッコよかった。物静かで長身、聞くところ育ちもよく、甘
いマスクにBMWの700シリーズが似合っていた。一緒にミラノにも出向く機
会があり、その堪能なイタリア語を聞いたあたりではほとんど恋に落ちていた。
加山雄三を筆頭に、世の中には生まれもってこうした魅力を備えた人間がいる
ものだ。
家具については戸沢さんからその本質を学び、デザインでは世界をリードし
続けるイタリアの最新情報を武藤さんから教えてもらいながら、当時の私は、
とにかく「おや、まあ、そうですか。」と、どんどん知識を吸収すればよかっ
た。
しかし、建具となると建築の重要な部分。自分も積極的に参加していかない
と解決策が見出せない。通常、我々設計士は、自分の経験から思いつく範囲で
材質やスタイル、寸法などを決め、設計図書の中の建具表に記していく。そし
数ヶ月後の実際の出来栄えを待つことになるのだが、私の場合は違った。建具
表を書いていても、いつも不安に駆られるのだ。それは何故か。言うに及ばず
戸沢氏の作る建具を見ていたからだ。情けない話、いつも自分のイメージより
彼の作った実物の方が数段美しく立派なのだから、スイスイと建具表が書ける
訳がない。
彼は既にこれまでの仕事の経験を踏まえ、建具についても豊富な知識を持って
いた。最初の出会から、私は自分の設計意図以上の建具を目の当りにした。つ
まり最初の仕事で、材料も仕事振りも最上級の品物を知ってしまったのだ。人
間「知ったらおしまい。」である。困ったことに、それからはこのレベル以下
の建具は自分自身で許せなくなってしまった。これこそ不幸の始まりなのだ。
自分の設計で、内装や建具を全て戸沢さんに依頼することができれば何の問
題もないのだが、工事会社の都合や予算の関係で、思うようには出来ない場合
がほとんど。そんな時は建具表にこと細かく注意書きを添えるのだが、出来上
がってくるもので納得できるものは今まで全くと言ってよいほど無かった。き
まってこんな時は、工事会社の現場主任に悪評を浴びせるわけだが、逆に「先
生、どこでもこの程度で十分通用します。どの設計の先生からも過去に一度も
クレームをつけられたことはありませんよ。」と返される。最初の内は腹立た
しい感もあったが、どの現場でも毎回それが続いてくると、いつしか諦めの心
境が覗くのは凡人設計士として円熟味を増した証拠だろうか。
「作らせてもこの程度ならば、いっそ既製品でいってみるか。」そう考えて、
建具メーカー数社にカタログを請求したこともある。それからは分厚いカタロ
グが毎年届き、置き場に困ることになってしまったが、既製品メーカーの品物
は、時々その新製品なる巧みな写真とキャッチフレーズに釣られて「これぞ」
と採用してみるものの、「施主には内緒の話」なのだが、決まって「やっぱり
ダメか。」となってしまうことがほとんど。では何がそんなに違うのだろうか。
「全て」と言ってしまえば先に進まないので、あえて分析を試みると、まず頑
丈さ。どの既製品も建て付けた後に揺すってみると、ボヨヨンという気持ちの
悪いブレを感じて実に情けない。骨になっているムクの芯材の量が少ないこと
や、ドアの厚みが薄いことにも関係しているのだろうが、大量生産によるコス
トダウン一辺倒主義が、きっと「本来はこうあるべき。」という職人の声を掻
き消してしまっているのだ。建具に限らず、概して日本の物作りの現状が似た
状況にあるとは言い過ぎだろうか。それを善しとする消費者の側にも責任はあ
るのだが。
既製品でも特に表面に最近流行の木目調ビニールシートが貼ってあるものは
言語道断。最初の見た目は良いのだが、これを作っている人達はきっと10年先
は見ていない。この手の品物は傷がついたら最後、補修が効かないから厄介だ。
特に出隅が欠けたら一巻の終わりと心得よ。この種の商品を提供するメーカー
は、補修キットを同梱すべきだと思うが、現実的には後からの補修はプロの職
人以外無理かもしれない。
このシートの他に表面材にはポリエステル化粧版(略してポリ)と呼ばれる予
め塗装の施してあるベニヤ板をよく使う。現場塗装よりも仕上がりが良いし、
ハードで傷が付きにくいのでまだ許せる感がある。がしかし、やっぱり天然木
の練り付けベニヤには見劣りしてしまう。
表面材の他に、建具で大きく差が出るのが、一般に木口と呼んでいる厚みを感
じる部分。木製建具のほとんどは通常フラッシユと呼ばれ、中が空洞の構造と
なっている。引戸でもドアでも、厚みを感じる周囲の縁の部分にはムク材を使
用するが、これが表面材と同じかどうかでまずグレード感が違ってくる。元来
ドアは厚みのある無垢の木を組み合わせて作っていたのだから、もちろん表面
と木口は同材が好ましい。
まず、この木口がしっかりしていたら良い建具と言っていい。フラッシュ戸で
も、ここが良質の無垢材だと角に丸みをつけることが可能で、建具は家具の域
に達する。この技を戸沢さんから教わった。彼の仕事には何か色気のようなも
のを感じるのは、こうした細部への気配りがあるためだ。このようにどの分野
でも一流の職人には必ず共通するセンスを感じるものだ。そして、目に見えな
い一手間が必ず存在している。
カタログで選ぶ規格品の建具で気に入らない所がまだある。建具の命とも言
える金具の貧弱さだ。おまけにどのメーカーも何故か似ていて、どこかの同じ
工場で作っているのではないかと疑いたくなる。それが立派なものなら許され
ようが、色、形、素材の全てが野暮ったく、安物だからたまらない。全体から
考えれば、いくらでもないのでそこまでして価格競争に臨むのかと思うのは、
熾烈な市場競争の中に居ない私の甘さだろうか。
こうした現実を知ると、大量生産主体のメーカーにはセンスのいい職人が居
ない証拠に思えてくるし、それに気づかない経営者は、経営センスはあっても、
もの作りのセンスはないのだろうと疑いたくなる。大手メーカーの創業社長が、
美術館を創設して、何十億円の絵画を購入したというニュースを聞いた。この
文化活動自体に異論はないが、その収益の半分でも金具などの向上に当ててく
れたら、それこそ生きた形で日本の文化レベルの向上につながると思うのだが。
さらに言及すると、ここ数年の間にも、私がこだわって採用していた建築金物
のメーカーのいくつかが第一線から消えている。一例を挙げれば、ヨットの金
具から始まったと聞くオーシマの建具用金物は、動かしたときの感触が特に気
に入っていたので、製造規模が縮小され資本も変わってしまったと聞いてがっ
かりした。価格が全体的にやや高かったが、やはりそれが災いしたのだろうか。
一生使うものだからこのあたりはケチってはいけないといくら私が力説しても、
より安くという社会の要請に対抗できずに流れていく。建具だけの問題ではな
く、例外はあるにせよ、概ね日本の建築は退化の一途を辿っているに違いない。
(つづく)
