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建築家の自邸、満足と反省の物語

障子とすだれ(1)

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  メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.68」

  2005/10/28(不定期発行)

  第9章 建具とサッシ

   4.障子とすだれ(1)

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□ ご購読感謝

みなさま、こんにちは。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。

このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。



■ 4.障子とすだれ(1)


 これまで東京都内で設計を依頼された住宅は、土地から購入して新築する施
主が多かったせいかスペース的に無理があり、和室を設けた家は意外と少なか
った。最初から「和室は、いりません。」とサバサバした人も何人かいて、
「確かに和室離れが進んでいるなぁ。」と実感していたが、大半の皆さんは
「敷地と資金が許せば一部屋は欲しいものだが。」とのことだった。

そんな施主のために、四畳半程度の畳のスペースを居間の片隅に置いたらどう
かと提案して、いくつかは実現した。数年後に住み心地を聞いてみると、子供
を寝かしつけるもよし、帰宅後にゴロンと横になるもよし、それはそれで「と
てもよかった。」ようだ。「やはり皆、日本人なんだなぁ。」と私は妙に安心
したものだった。

 ところで、こんな場合の畳敷きは、いずれも空間的には洋風の壁と天井に囲
まれた中にあるわけで、畳と相性ぴったりの障子までしつらえることは少なか
った。障子の効能を以前からよく知っていた私は、「大使館公邸なんか、洋風
の室内でも障子がよく見られますよ。」とやや強引に勧めてみるのだが、ほと
んど受け入れていただけなかった。引越し後に伺ってみると、畳の上にカーテ
ンがなびいちゃったりして。

家を新築する時は誰もがきっとホンワカした夢があり、あれこれ想像が膨らむ
ものだ。どのお宅もだいたい奥さんの夢が実現することが多い。そんな時は決
まって白い壁のモダンなスタイルが主流で、障子といえば生まれ故郷の破れか
かったあのイメージしかないのだろうから、最初から却下されてしまう。

 しかしながら、我が家では、妻のケイコさんが無類の和風好きということで、
工事を開始する直前まで、廊下や居間の床を全て畳にする案で盛り上がった。
こじんまりした高級和風旅館によく見受けるスタイルである。しかし、「ホテ
ルのような家」というコンセプトに決ってから、「やや無理があるのでは。」
と、やっとコルクタイルなどに落ち着いた経緯がある。

「どうせ泊まりの来客なんて、そんなに多くない。」と我々夫婦は最初から冷
めていたので、客間としての座敷はいらないと考えた。で結局、畳の部屋は婆
ちゃんの個室と、ケイコさんの着物の着替え場所兼物置としての四帖の予備室
のみとなった。さて、ここに障子が必要か、と迷ったが、婆ちゃんの部屋につ
いては、「余命いくばくもないから。」という理由で、いちばん日当たりの良
い東南に位置させていたため、窓は設計段階で勝手にカーテンにしてしまって
いた。障子だと朝日が入り、ゆっくり寝ていられないだろうとの孝行息子の配
慮だった。

ところが、後で聞けば、「朝日の昇る頃には、とっくに目が醒めとるで。」と
のこと。そしてしばらくしての感想は、「昼間にカーテンを開けておくと畳が
焼けてあかん。」らしい。そんなことならカーテンより障子の方がずっと良か
ったに違いない。恥ずかしながら、建築資金の一部を援助してもらった脛かじ
り息子としては、工事の前に少しは意見を聞いてやればよかったと反省した次
第。

 婆ちゃんの部屋にも障子を設けないとすれば、まして北側の予備室にはまっ
たく必要がなかった。したがって、我が家でも危うく障子は無くなる運命にあ
ったのだが、そこにストップがかかった。何としても和風にこだわる妻は、
「どこかに障子のぬくもりが欲しいよね。でも古臭い和風はイヤ。現代風のシ
ンプルなデザインで。」と難しい注文が来た。さらに、「建築家だったらその
程度は上手く処理しなくちゃ。」と叱咤激励まで飛んでくる始末。でも我々建
築士部族は、こうした施主の嘆願言葉に弱い。「じゃあ、やってやろうじゃな
いの。」

 工事は相当進んでいた。現場でぐるりと見渡しても障子の効果が期待できる
のは、南面した居間の大きな引き違いサッシと子供部屋の窓しか見当たらない。
子供部屋には、いくらなんでも障子は不釣合い。残るは居間の大きなサッシ。
このサッシの前には、最初から憧れの大型テレビを置く予定だったので、電源
やアンテナ線も床から突き出してある。思えばここには明かりは欲しいが、常
に目線が向くテレビの背景がアルミサッシというのも無粋なもの。しかも値段
をケチったので、大きな窓の割には1枚の薄いガラスが入っているだけで断熱
効果がすこぶる悪い。

「そうだ、ここだ。」ここに障子を入れれば、隣の高層マンションの住人とも
視線が合わず、部屋の断熱効果も期待できる。おまけに洋風のインテリアに障
子で、あの大使館風の印象も悪くはない。「古びた和風にしないでね。」とい
う条件には、組子を大きくすることで見慣れた障子のイメージが払拭できそう
だ。そして、ついでにこの上にある高窓にも障子を取りつけて統一感を出すこ
とにした。この高窓は最初から明かり取りの目的でハメ殺しにしてあるので、
障子もケンドン式にして固定してしまった。

結果としては、最初にサッシの費用をケチってペアガラスを止めていたのに、
後で障子を取りつけることになり、かえってコストアップになってしまった。
しかし、数年経っての感想は「逆によかった。」の一言に尽きる。まず障子の
断熱効果はペアガラスの比ではない。夏にこの障子を開けると、サッシとの間
のわずかの隙間に溜まった空気は火傷しそうなほど熱い。反面、冬には冷たい
空気をここに閉じ込めていることが分かった。それでいて一年中柔らかな光を
透過している。伝統的な和紙の威力に頭が下がる思いだった。

 「障子の値段は主に何で決るのか。」と建具屋に聞いてみた。するとどうや
ら組子の骨の材料のようだ。もちろん同じ技量の職人で、同じ大きさという条
件だが。「今回の材料は何でいきますか。」その都度、建具屋の社長から必ず
聞かれる質問である。予算がある時は杉、無い時はスプルスと答えることにし
ているが、当然のことながら我が家はスプルスである。年数が経てば、はっき
り差が出るようだが、無い袖は振れない。

障子一本あたりの価格は、カーテンよりはやや高価だが、その技術力と手間の
かけ方を比較すると割安感があると思う。障子紙も改良されてかなり丈夫にな
っている。しかし近年、和室の減少と比例して、障子や襖の需要も少なくなり、
建具屋や表具屋の数も減っていると聞く。

確かに、最近の新築されたどの家を見ても規格品の建具ばかりで、現場に合わ
せて造作された職人技の建具には、私の設計を除いてしばらくお目に掛かった
ことがない。マンションに至っては、その建設過程から、一度に大量に取り付
けなければならない運命にあり、規格品以外は考えられない。しかし、イタリ
アあたりの優れた規格品を知っている私には、規格品が必ずしも悪いと断言す
ることはできないにしても、少し生意気のようだが国内生産のそれらはいずれ
も私の目には止まらない。

 数々の変更を重ねながらも、我が家の竣工がほぼ見えてきた三月の終わりの
頃、長男のケイスケの小学校入学を睨んで、少し早めに引っ越すことになった。
新居から初登校させたい母親の意志が強く働いたのだった。急に慌ただしくな
ったが、幸い移転の距離が歩いて5分程だったので、取りたててトラブルもな
く引越しはあっけなく終わった。

ここで笑い話がひとつある。我が家の「売り」である建具はご存知のように全
部手作りである。大工が作った枠の寸法に合わせて一本一本製作し、現場で僅
かな狂いをカンナで削りながら、ぴったりと吸い付くように建てつける。ここ
まではヨシとしても、更にそれを丁番からはずして工場へ持ち帰り、なんと削
ったところに再塗装をかけるのだ。それを聞いて「ちょっと待てよ。」と言い
たかった。今のご時勢、これでは本物志向の職人が儲かるわけが無い。頭が下
がる思いがしたが、案の定、建具は引越しには間に合わなかった。

早春で暖かな日差しが続いたかと思えば、花冷えの午後もあった。しかし、建
具が無いと荷物の出し入れには好都合なので、家族で団結してこのしばらくは
建具なしで寒さをしのぐことにした。もちろん新居に引っ越した後の数日間は
夢心地で、多少の不便さも楽しかった。「あと一週間待てば建具が入る。」希
望と確信さえあれば、人間大抵のことは耐えられる。

「ママ、入りまーす。」トイレで大きな声がした。そうか、建具が無いという
ことは、当然トイレにもドアが無い。トイレは我が家の真ん中にある廊下に面
していたから、どこへ行くにもその前を通過しなければならなかった。しかし、
いくら最愛の妻でも、トイレに座っている姿だけは勘弁してもらいたい。いつ
しか家族の誰もがこの廊下を歩く時は、決してトイレの中を見ないように正面
をじっと見つめて歩行する、暗黙のルールができていた。


(つづく)

 
 
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