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建築家の自邸、満足と反省の物語

廊下と階段(1)

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  メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.79」

  2007/10/28(不定期発行)

  第11章 各エリアの考察

   3.廊下と階段

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□ ご購読感謝

 ご購読いただきまして誠にありがとうございます。

 さて、ご存知の方もあるかもしれませんが、姉歯事件から端を発した一連の
偽装問題の改善策として、今年6月20日に建築に関する法規の新基準が施工
されました。普通はこれで一安心となるわけですが、実は私達設計士は大混乱
に陥っているのです。

 偽造された構造設計のシステムを改善すればよいものを、何を間違ったか国
交省の役人が(担当は数人と聞いている)、建築設計に関わる人間を性悪説と
して捉え、他の分野でも様々な規制を強化してきたのです。もともと建築の設
計は、その規模や用途により千差万別なもので、基準法の基で一括に括れるも
のではありません。また、建設の途中で建て主の希望が変わったりする状況は
多々あるのですが、そのあたりの柔軟性は今回大幅に制限され、途中での変更
はほとんど無理となってしまいました。使用する材料についても、具体的なメ
ーカー名まで申請段階から記載が義務付けられ、「工事会社も決まっていない
のに」と首を傾げたくなる内容が目白押し。申請に際し、あまり効果を発揮し
ないであろう提出書類が膨大に増えたこともあり、仕事量と設計料とのバラン
スが取れなくなっていますので、私の周りにもこれを期に「設計業務を止める
。」と断言している設計士が数人います。

 ところで具体的に6月20日時点で「新基準でないと認めない。」と通告され
たにもかかわらず、その基準数値が公にされたのが9月に入ってからだったと
いうのも憤慨ですよね。この間、建築確認申請も受付にならず、言い換えれば
特に構造設計がまったく進まず、空白の期間が続いているのです。
事実、私の所有する新規プロジェクト用の土地も設計が進まず、この5ヶ月間
眠ったままですし、依頼されている数件の設計業務も、最近やっと再開できた
状況です。数日前、某区役所の窓口にいたら、工務店の社長らしき人物が、
「どうしてくれるんだ!このままじゃ俺んとこ潰れちまう!」
と意気込んでいました。「そうだ、そうだ。」と思わず応援したくなりました。
まったく人事ではありません。

 というような昨今の現状で、久々に怒りを隠しきれませんが、この混乱は、
やがて新しく建てようとする発注者の方たちの負担となり、建築コストにも大
きく影響してくることは必至。さらに、耐震強度だけみれば、従来の基準にさ
え達していない建物が全国で過半を占める現実には、今回の国交省の役人はど
う考えているのでしょう。人命尊重の立場であれば、そちらの対策が先だと思
うのですが。

 追伸 もし私が三十才若かったら、迷わずドバイかアブダビに行って建築設
    計をしたいと思います。夢のある建築が可能な土壌にあるからです。
    しかし、はや五十半ば、江戸前鮨の旨さも知ってしまったので、残念
    ながら愚痴を溢しつつ現実を見つめて進むしかありません。



■ 3.廊下と階段


 大学の卒業設計の提出期限が間近い頃、私は「建築資料集成」という分厚い
本と格闘を続けていた。建物を設計する上での基本となる名称や形、寸法など
が網羅されている建築の百科事典のような本だった。貧乏学生にとっては、か
なり高価だった記憶があるが、どの友達の下宿に行ってもその本は鎮座してい
たので、多分学校からの指示だったと思われる。そもそも実務経験の無い建築
科の学生にとって、見よう見まねの卒業設計は、こうした参考書のお世話にな
らざるを得なかった。

当時、出席日数ギリギリのアホ学生は「もしや卒業できないかも。」との焦り
から、本人も驚くほどの集中力を生んだ。結果、周囲の期待を裏切って見事に
優秀な成績で卒業試験をすり抜けるあたりは、後の私の人生を示唆していたよ
うで興味深い。しかし、格闘した割には、この資料集成から学んだ内容を、今
ではほとんど覚えていないところが悲しい。時を経て設計事務所として独立し
た後も、私の事務所の片隅でその本は埃を被っていたようだが、あのバブル崩
壊の後遺症で泣く泣く事務所を縮小した際、田舎に送られ数年後には他の建築
雑誌とともに焼かれ、遂に畑の土に還った。

 ところが不思議な事に、現在でも実際の仕事で階段の形や寸法を決める時に
限って、この資料集成の階段関係のページを思い出すことがある。卒業設計で
階段に凝ったことで強く印象に残っているのだろうか。後にその資料集成に書
かれていた数値は、建築基準法に基づいた値であることが分かったが、さらに
現場の経験を積み、これらの数値はもうこれ以上急にすると危険だという限界
の数値であることも体得したのだった。

 そういえば、以前から私のどの仕事でも、「階段が緩くてイイですね。」と
褒められることが多かった。本人としては、もっと別の部分を評価してもらい
たいのだが、住宅でもビルでも私の設計では階段の緩さが他と際立って違うの
だそうな。オレ流に言わせていただければ「こちらが普通で、一般の世の建築
物の階段が急過ぎる。」のである。いくら建築基準法で許された値といえども、
限界値で作ると転げ落ちそうになる。きっと、優秀な建築科の学生達は最初に
出会った資料集成の数値が直ちに脳裏にインプットされ、その後も限界に近い
急な階段を作ってしまうのだろう。

 ところで、私が階段に注意を払うのにはもう一つの理由があった。大学の同
級生の中に、関西に本拠を置く建設会社の長男がいた。ボンボン育ちの彼は、
学生の頃からスカGを所有し、東京での学生生活を人一倍謳歌していたが、卒
業と同時に郷里に帰り、若くして家業を継いだ。その奮闘振りに興味もあって、
数年後にその地方都市を訪ねた折、母上様に言葉に尽くせぬ歓待を受けのだっ
た。小島が浮かぶ美しい海岸線も手伝って、忘れ得ぬ旅の思い出になったのだ
が、まもなくその母親が自宅の鉄骨階段から足を踏み外して亡くなったと聞い
た。彼はその後も奮起して、会社の規模も徐々に拡大。やがては本社ビルも新
築したが、立派に事業を継いだ勇姿を母親に見せられなかった一抹の寂しさは
あるに違いない。それから私はこのことがトラウマとなって、危険な階段は作
らないと硬く心に決めた。


(つづく)

 
 
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