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「只今より、SE劇場の開演です」

やっと基礎工事が終わり、いよいよ上棟の日を迎えた。今日も雲一つない真夏の青空が広がる。朝早くから後藤さんの姿があった。東京では本格的なSE構法第一号である。彼も心配で、会社に居られなかったのだろう。

若い頃、宮大工の基本を積んだ熟練の清水棟梁も、慣れないSE構法の柱脚金物の取り付けには手間取っていた。逃げが利かないからだ。工場で精密にできている金物は反面、梅雨明けの屋外で行われた基礎工事のボルト位置とは微妙に整合しない。しばらく苦闘が続いたが、なんとか午前中で土台を敷き終えた。しかし、午後の建て方になると作業は思いの外、順調に進んだ。柱や梁は全て工場で正確に加工されているし、金物の精度も良いので、手伝いの大工達も要領を覚えた後は、作業を楽しむ余裕さえ感じられるようになった。

所用を済ませた私が駆けつけた時は、既に午後3時を廻っていたが、真夏の太陽はまだ容赦なく現場の隅々まで照りつけている。ふと屋根を見上げると、なんと二階にネクタイ姿の作業員がいるではないか。SE構法を展開する(株)エヌ・シー・エヌの後藤さんだった。彼のワイシャツも汗でグッショリ濡れ、下着のシルエットがくっきりと浮かんでいる。視覚的には見てはいけない物を見てしまったが、その動きの機敏さには頭が下がる思いがした。

「何もそこまでしなくても、職人じゃないんだし」

もちろん彼は営業担当で、技術職でも職人でもない。会社としても、この頃やっとSE構法の事業化の目途がつき、全国展開を開始した直後で実績も決して多くなかった。当時、特に首都圏では、まともな事例は無かったのではなかろうか。

彼は心配のあまり、早朝から現場に詰めて、職人に作業の段取りのアドバイスをしているうちに、いつしかスーツの上着を脱ぎ捨て、建設チームの一員と化したのだった。建物の延べ面積も四五坪を超え、戸建ての住宅としては少し大きめだったので、作業は六時過ぎまで続いた。

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