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テーマは「ホテルのような家」

「ホテルのような家」づくりを内装のテーマにしたことから、壁の材料は最初からクロス貼が頭にあった。ホテルの客室では、壁、天井ともクロス貼が採用されるのが一般的である。理由としては、汚れた場合に簡単に貼り替えができ、イメチェンも可能なこと。もちろん、欧米のホテルに習った結果でもある。ビジネスホテルなどでは、安価なビニールクロスが多用されているが、さすがに一流ホテルともなると、この安っぽさが嫌われ、織物調の布クロスを貼って高級感を出しているところも少なくない。

しかし、ホテルのような家だからといって、最もよく目につき、印象を決める内壁のすべてをクロス貼としてよいのだろうか。

「いくら何でも、ちょっと安易じゃない?」
妻が横目でたしなめる。

確かにホテルだからと言って、ただクロス貼りでは、コスト優先の建売住宅と大差がなくなってしまう。まず、住宅を大きく二つに分ける。一つは家族みんなで使用するパブリックスペース。次に、個人で使用する個室群。これを仮にプライベートスペースとしておこう。そこで、個室だけ、つまり寝室や子供室、母親の部屋といったプライベートスペースだけをクロス貼とすることに決めた。

クロス貼りの弱点は出隅にある。角に何か物をぶつけたり、いつも手で触ったりしている間に汚れたり擦り切れてくるからだ。そこだけの補修が効かないのがクロス貼りの宿命だが、四角い部屋だから出隅が少ないことで弱点のカバーができる。個室のクロス貼は、コスト面からも妥当な判断のはずだ。

私の事務所には、厚さ30センチもある壁紙の見本帳が、何冊も山積みとなっている。急いでいる時に、よくつまずいて転びそうになる厄介者だが、大金をつぎ込んで作っているメーカーに悪い気がして捨てられず、ついつい床の上に積み重ねてある。 今回もあの重い見本帳を床に並べて、パラパラとページをめくってみるが、いつものことながら、ため息が出る。どれもこれも冴えないからだ。各メーカーどこと言って特徴がなく、似たり寄ったり。ここだけの話、これまでの仕事の中で、クロスの品番を「絶対にこれしかない」と自信をもって指定したことはほとんど無い。施主さん達、ゴメンナサイ。

それに引き換え、外国人デザイナーが日本のホテルのためにプレゼン段階で持ってくる壁紙のサンプルは、
「ウーン、お主、なかなかやるのう」
と唸りたくなる程、毎回イカした色合いのものが数多くある。しかし、こうした壁紙のほとんどは防炎加工が施されていないので、どれも日本のホテルでそのまま採用することは難しい。結局のところ妥協して、似たもので代用することになってしまう。立派な見本帳もいいが、一層のセンスアップと、簡単な防炎加工技術の開発を期待したいものだ。

具体的には、私達の寝室のクロスはベ-ジュの布っぽいものにして、天井はホワイトのペンキ風とした。ホテルの客室の典型的な仕様だ。子供室には、蓄光クロス。夜に電気を消した瞬間、蛍光色の模様が浮き出るもので、子供達のウケを狙った(当初は喜んだが、そのうち中学生に成長した娘に、「ウザイ!」と不評を買った)。

母親の部屋は、やはりべージュの麻クロスとし、天井も同じもので貼り上げた。こうすると、ちょっと和風の匂いが漂い落ち着きが出る。麻クロスとは、細いマニラ麻を横方向に織り込んだもので、その風合いがアジアンテイストで唯一気に入っている。最近ではパークハイアット東京をはじめ、名だたるホテルにこの種の麻クロスが貼られているようだ。

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