天窓は自然の換気扇

天窓の思わぬ効果はこんなところにもあった。ある夕食の出来事。久々に爺ちゃんが三階まで上がっての夕食だった。メニューは焼肉である。大きなテーブルの真中に卓上コンロをデンと置いて、最初にカルビを焼きだしたところ、肉に火が付いた。

「アカン、火事になるで」
親父が真っ先に叫んだ。慌てて火は止めたものの、白い煙がモウモウと立ち昇り、またたく間にその煙はLDKの空間はおろか、廊下まで充満してしまった。

「ケイスケ、窓をあけろ!」
皆で、窓という窓の全てを開けて煙を追い出そうとしたのだが、これがなかなか出て行かない。もちろん爺ちゃんを招いての焼肉パーティは一時中断。しかし、ここで冷静な妻の佳子さん。
「あなた、ついでに天窓も空けておいてよ」

私が
「何もそこまでしなくても」
と呟きながら、渋々電動スイッチのボタンを押すと果たしてどうだろう。見る見るうちに白い煙が空に消えていく。

「アラー!すごかー」(これは妻の九州弁)
「まあ、どえりゃあ勢いで、煙、のうなっとるわ」(これは婆ちゃんの岐阜弁)

合計4ヶ所の天窓を全開して、空の暗闇に吸い込まれていく白煙を家族全員で見送った。その後、もちろん焼肉パーティは再開された。天窓を開け放したから、もう心配は無い。

「ケイスケちゃん、カルビをどんどんのせてちょうだいね」
と、久々に爺ちゃんも上機嫌だった。

それからというもの、我が家では焼肉も網焼きも何も怖くなくなった。
「料理はグリルが一番旨い」(ただし、お鮨は例外)
これが私の持論だが、この天窓のおかげで、我が家の夕食がバージョンアップしたことは確かだ。以来、私は
「天窓とは光を単に導き入れるものではなく、普段の生活をもっと楽しくするもの」
との位置づけをしている。たしかに天窓そのものの耐久性は定かではなく、将来のメンテナンスに一抹の不安は残るが、四方を隣家に囲まれた都会での住宅事情を考慮すれば、天窓は有効な快適化装置ではないだろうか。

このように専門知識だけではなく、実際に生活を営んでみて初めて会得できる住宅の設計ノウハウも少なくはないのだから、私の設計で既に竣工した住宅の家族の皆さんとの交流は、設計士として欠かせない研鑽の場に違いない。

ところで、我が家の煙幕騒動は確か新居に越して間もない、ちょっと汗ばむ季節だった。この頃、予想通り爺ちゃんはアイスクリームを箱ごと買い込んで、学校帰りの孫を玄関で待ち伏せしては
「ケイスケちゃん、ちょっと寄ってかない?」
と声を掛ける。それに加え、毎日、決まって午後5時きっかりに始まる晩酌にも誘い、酒の肴を分け与えることで、母親の佳子さんのヒンシュクを買っていた。
「あなた、いい加減にしてもらって。この子たちが最近夕食を食べないと思ったら、お爺ちゃんトコのつまみ喰いのせいよ」

板ばさみの私が「我が家のルール作りと和解の場を」と企画したこの日の焼肉
パーティーは、白煙騒動でその目的こそ達することはなかったが、思えばこの親父が自由気ままな隠居生活を謳歌しながら天国へ旅立った、ちょうど一年前の出来事だった。

建築家 可児義貴からメッセージ

ショールームでお客様からご質問いただく、「可児さんてどんな経歴?」から、「なぜ設計事務所が住宅建設を?」「職人集団『チーム・クウェスト』って?」「SE構法にしている理由は?」「これまでの建設実績は?」「ホテルのような家づくりとは?」「予算は?」まで、本音で語っています。