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屋根は瓦と昔から決まっている

上棟してすぐに屋根を架ける。言うまでもなく、木造の大敵は水。要は木材を長く雨にさらさないことだ。とにかく降られないうちに、屋根を完成させようと大工達は急ぐ。もちろん、仕事をしている本人達にとっても、雨に濡れながらの高所作業は命に係わるので、降られる前に屋根の作業を終えたいところ。その意味で、上棟してすぐに屋根の下地を完了させられる在来工法は、雨の多い日本の風土にマッチしている。

一方、北米などで普及したツーバイフォーは、やや不利な工事手順を踏まねばならない。この工法では、三階建てなどの場合、屋根まで組み上げるのに、十日以上はかかる。その間、乾燥地域のカルフォルニアあたりとは異なり、まったく雨に降られない保証はない。たとえ床や壁の合板パネルが雨でビショビショに濡れようと、そのまま工事を続行しなければならないのが辛い。角材に比べて、合板ははるかに水に弱く、すぐ反り返ってしまうのだ。

雨天の中で放置されているツーバイフォー工法の現場を、過去に何度か見かけたことがある。
「おいおい、大丈夫かい」
他人事ながら心配になる。そんな不安も手伝って、今のところツーバイには縁がないままだ。

さて、話は設計段階に戻る。私が最後まで迷ったのが、屋根を何にするかだった。実は、構造が木造と決まってから直ぐにその迷いが始まっていた。異論もあろうが、木造の場合、屋根材は瓦が一番イイと相場が決まっている。

「いや、銅板の方がいいよ」
そう教えてくれた先輩もいたが、少なくとも多少の経験を積んだ私には、耐久性やコスト、その後のメンテナンス性を考えると、やはり古来からの瓦に軍配を上げざるを得ない。建築家など存在しない世界中のいたる所で、自然発生的に瓦が使われている事実からも頷けよう。

「だったら迷わず瓦にしたらいいじゃない」
製図盤の隣で、妻の佳子が意地悪を言う。「政治家ならぬ建築家の妻」という言葉は、世間一般では通用しないが、八年近く連れ添っていれば、夫の悩みの深さは百も承知のはず。その苦悩を知りつつ、敢えてチャカすから困り者だ。

その彼女の出身は長崎。クリクリとした大きな瞳と、武器になりそうな太くて長い髪を見る限り、きっと遠い先祖はポリネシアの島々からの漂流者に違いないのだが、なぜかこれが人一倍の暑がりときている。
彼女は自分たちの住まいが三階の最上階と決まった時から、夏の暑さをしのぐことに神経を尖らせていて、建築関係の書物を読み漁り、瓦が一番涼しいと知ってから、絶対、屋根は瓦と決めていた。

建築士として、建て主から「屋根は瓦で」と懇願されれば、さほど悩みも伴わず右に習えとなるに違いない。確かに居心地や将来のメンテナンスを考慮すれば、無難な選択と思われる。ところが、建築家の自邸ともなると、「チョト待て、チョト待て、お兄さん」となるのだ。

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