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ベッドでの睡眠を選択。でも押入は要る

岐阜県可児市(当時は可児郡可児町)の実家が藁葺き屋根だった頃、蚊帳の中で蛍と一緒に眠った。燻製のような独特の匂いが漂う蚊帳の中は、不思議な安心感があって、セピア色の記憶の中にその光景が留まっている。この頃はもちろん畳の上に布団が敷かれていた。それから自分がベッドで寝るようになったのは、実家が瓦屋根の新築になってからのことだった。子供部屋に突然、鉄パイプで出来た二段ベッドが運び込まれた。マットレスの中身はワラ。寝返るたびにジャリジャリと音がした。

いよいよ私が中学生になって、勉強に身を入れなければならないと考えた親父の意向で、ベッドは上下に分割され、弟と私はそれぞれ別の部屋に移ることになった。以来、ベッドの上に寝る習慣が続いている。ベッドであれば、毎日押し入れに布団を収納する動作がいらないし、奥行の深い押入れも不要となる。

今回の新築では、子供達も爺婆も皆ベッドで寝ると決めていたので、毎日の布団の上げ下げは無いのだが、それでも季節ものの布団の収納は必要だった。好き好んで、誰も泊りになんか来ない時代なのに、新築症候群にかかった人の大半が、客用の布団一組くらいは必要だと真剣に思い込むように、私の妻も
「一応一組はネ」
と、その収納場所を図面上で探ってみる。

最初の段階では、出し入れの作業が楽なように、廊下に面して一間間口の押し入れを作っていた。しかし、なぜか押入れの建具には襖が似合う。この襖、「いざ」という時、いとも簡単に取り外しできる優れもの。木と紙で出来ているので女性でも簡単に取り外しができて、持ち運びも楽なので、幅いっぱいに長いものも収納できる。住まいに関して、日本が最も文化レベルが高かった頃の産物だが、「ホテルのような」と振りかぶった我が家の廊下に、突然襖が2枚ではコンセプトが保たれるのか。

廊下の襖は諦めるとして、寝具を収納する押入れはどこかに必要だった。そこで四枚の畳を敷いた予備室を作って、そこに一間の間口の押入れと、同じ間口の箪笥置き場を並べる事で間取りは落着いた。もちろん建具は襖としたが、定番の黒漆の框に襖紙ではなく、白木の框に布のクロスを貼ってみた。和風の感覚は残るものの、モダンな印象に仕上がっている。

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