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瀬戸際で乙姫様をゲット

この古家を買ってまもなく、私は高層ビル最上階のオフィスを飛び出して独立する。社員六百余名の中で、上から五指に入る地位を殴り捨てて、自分の可能性に賭けたのである。ちょうどそこに、あのバブル経済の波が押し寄せてきた。この世の春とはこのことか。断っても、断っても、次々と仕事が舞い込んでくる。

限りなく昼に近い朝、新しいオフィスに着くと、印刷された仕事の依頼のFAX用紙が床まで連なっている。ちなみに、当時のファックス用紙は巻紙だった。地価もどんどん上がった。私が買った家の周りの小さな店舗や住宅が、次々と取り壊され空き地になっていく。世に言う地上げだ。噂では坪一千万円の声も聞かれる。な、なんと私が買った価格の三倍だ!
「ああ、なんて私は運がいいのだ」
電卓の数字を横目に、チョットした資産家になった気分の私は、毎夜、毎夜、浦島太郎のごとく飲み屋街に繰り出して行った。

しばらくしてハッと気付くと、既に私は三十九歳。後がない。浦島太郎を返上して、ようやく知人の紹介で婚約に漕ぎつけた。そして私は美しい婚約者に殺し文句を送った。
「このボロ家はすぐに建て替えますから」

翌年、無事に結婚式を済ませて幸せモードの中、美しい妻からおねだりがきた。
「ネェ、あの時の約束は?」
「あっ、うん、もちろん分かっているとも」

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