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瞬時にボツになった中庭案

私が入手した借地権の敷地は、個人住宅の敷地としては相当広い。法的には最大床面積で百五十坪の大豪邸が建つ。

「駐車場が二台、広めのリビング、たっぷりとした収納、それにガーデニングが出来る広いバルコニー、それから、それから」
耳にタコができるくらい聞かされた妻の希望を「これでもか」と盛り込んでも充分に余りある。こんな事があっていいのだろうか。田舎を出てから苦労知らずの二十年。大した努力もしないで、運と勘だけですり抜けてきた私の自邸が大豪邸とは。オイオイ、話が出来過ぎていないか。その内、きっと大罰が下るに違いない。

そんな思いを尻目に、私は最初に、大きな中庭を囲んだプランを考えた。全ての部屋の窓がこの中庭に向き、外部には一切生活感が露呈しない安藤忠雄風のカッコいいやつだ。

「うん、これなら間違いなく建築雑誌にも載り、全国的に少しは知られた建築家になれる」
自邸の発表を機に世に知られるようになった建築家は少なくない。苦節二十年。やっとこれで建築士を卒業して、建築家の仲間入りが出来るチャンスが到来したのだ。

「よし、やっぱりこれに決めた。これでいこう」
絶対の自信をもって妻にプレゼンテーションを試みた。歓喜の涙を期待して。と、どうだろう。真っ先に返ってきた言葉は以外な罵声だった。

「一体、何考えているの、夢みたいなこと。馬鹿じゃないの(怒)」

思えば、ここに到達するまでに、あまりにも予期せぬ紆余曲折があり過ぎて、愛する二人の間には、いつしか完全に深い溝が出来上がっていた。

元来、お金に執着の無い私は、自分の事務所の資金繰りから日頃の経理まで全ての資金繰りを妻のケイコに譲渡して久しい。もちろん、我が家の家計も、以前の阪神の監督のごとく
「全てお任せしていて、わしゃ知らん」
ましてや、自邸の建築費の捻出方法など頭にもなかった。

一方、妻の方は、この借地に目をつけた時から、資金の捻出に電卓を叩く毎日。世の中、確かにお金を出す方が偉いに決まっている。電通のプロデューサーだってスポンサーには頭が上がらないそうだ。

「分不相応な豪邸を建てる資金が一体どこにあるの? 容積が余った分は賃貸用のアパートに決まっているでしょ。ついでにクウェストの事務所も入れといて」

アララ、残念。私のデビュー作となる、無駄な見せ場が満載のカッコいい中庭案は即座に却下された。しかし、ちょっと待たれよ。賃貸用アパートとは何のこと?。もう「貸す」のはコリゴリではなかったのか。前回の裁判の教訓―「借りてる方が強い」を忘れたの?

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