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洗濯物干場の屋根で泣きを見る

ところで、三階にはキッチンの他に洗濯機置き場があることから、当然洗濯物の干場も必要になってくる。南側の前面に、バルコニーをつける設計としていたが、建ペイ率に余裕がないので、法的に1メートル以上飛び出すことが出来ない。よって、実際に使用できる奥行は有効で80センチくらいしかない。ちょっと狭くて、干場としては問題がある。

このあたりは、設計段階で手を動かしているうちに気づいていたが、ふと、下階のアパートの階段室の屋上がキッチンの窓下につながっていることに気がついた。東側で朝日が燦燦とふりそそぐ五畳ほどの広さ。
「うまい!ここだ」
無意識のうちにキッチンからこの階段室の屋上が利用できるよう勝手口用のドアを書き込んでいた。

このように設計の途中で、偶然救われることもある。ちょうどパズルを解くように、あれもダメかこれもダメかと悩むうちに、ふと辿り着く快感を伴った晴れた境地とでも表現しようか。多分、将棋の棋士の頭の中は、こんな風にいつも回転しているのではないだろうか。

また、ここにはプロ用語でSKと呼ぶ掃除用のシンクを取りつけておいた。雑巾や靴などを洗う目的なのだが、とにかく多目的に利用できるので、妻や婆ちゃんの喜ぶ姿が想像できる。さらに、急な雨対策用に屋根もつけてやろうじゃないか。ちょうど周囲の道路からは全く見えない位置にあるので、簡易なものでよいはず。
洗濯物が乾くように影にならない屋根材、その昔は決まって塩ビの波板だったが、数年でヒビ割れてダメになる代物だ。そこで波板の改良品でポリカーボネイトという薄くて丈夫な優れ物を採用することにした。機動隊が楯に使う透明の板と同じもので、氷(ひょう)が降っても簡単には割れない。

「先生、ポリカの厚みはどのくらいにしますか。1ミリくらいから5ミリまでありますが」
施工途中に建材店から問い合わせがあった。

「そりゃあ5ミリでしょう」
大は小を兼ねる。即答したまではよかったが後日泣きを見た。予想の5倍ほどの請求書が届いたからだ。よくよく調べてみると、厚さとしては1ミリで十分だった。

「先生」と呼ばれる度に、ついつい知ったかぶりをしてよい返事を出してしまう癖は、これまでどれほど高い授業料を支払ってきたことだろう。妻には
「低予算で、屋根も付けておいたから」
と胸を張るつもりだったが、敢えてこの話題には触れないことにした。

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