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美しい色の魔術師

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住宅専門雑誌のある写真に見入った。階段室の壁が紺色で、そこへハイサイドライトからの光が差し込んで壁を洗うと、コバルトブルーに変化する。微妙なコントラストが実に幻想的だった。こうした絵になる空間を見つけると、それを超える何かに挑戦したい衝動に駆られ、次回の仕事が待ち遠しくなる。

写真に付された記事を読んでみると、どうやらハンドメイドで作られた塗料の施工例らしい。オーストラリアからの輸入品で、基本色だけでも300色近いと言う。これに数種の骨材の変化を加えてオリジナリティを出している。「知っていて損はない」とその会社を訪ねてみた。

「金曜日の妻たち」の舞台となった田園都市線の車両にしばらく揺られ、倉庫風の会社の前に立った。新入社員の若い女性から商品説明を受けたあと、心臓部である調合作業の見学を許された。大量の塗料缶が積まれた倉庫の片隅で、1人の女性が真剣な面持ちで作業を続けている。そこはまさに色彩の実験室、兼工場だった。

日本の伝統色をはじめ、大手メーカーの規格品にない中間色や微妙な濃淡。発注者の意図を汲んで、いかようにも提案できる「色の魔術師」がここにいた。どうやらこの分野にも、私の知らない未知なる世界が存在するらしい。

美しい女性社員二人から懇切丁寧な説明を受けて、ついつい鼻の下も伸びる。懇願して、その魔術師と記念撮影。
「何かに、どこかに使える」そう確信して帰路に就いた。
二週間後、二人からプレゼントが届いた。中身は、塗り見本が一枚。あの雑誌にあった壁の紺色だった。

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