競売によって借地権に出合う
仕事の合間に自転車で近くの賃貸物件を見て廻り、夜中に新しい家の設計を考える。そんな日々がしばらく続いていたある夜のこと。二人の子供達との楽しい入浴タイムを打ち破る、上ずった妻の声が届く。
「ちょっとあなた、これを見て」
それに対して私は
「後にしてくれませんかね」
と、つれない返答だったそうな。
ここ数年のストレスが溜まりに溜まり、美しかったはずの妻の美貌は確実に色あせて見えた。しかし、この日の妻は少し違った。輝きに満ちた笑顔、さながら、長い間見放されている「運の女神」のようだった。さて、その真相とは-。
読者の方の中にも、新聞紙上で、不動産の競売情報が大きく掲載されているのを見かけられたことがあると思う。聞くところによると、バブル崩壊の後、不良債権処理の場として、皮肉なことに、この競売業界は今がバブルなのだそうだ。また、ひと頃より我々素人にも参加しやすい法改正がなされていると聞いている。
風呂から上がった私に、待ちきれないとばかりに妻が駆け寄る。
「この近くに競売物件がでてるわよ! 借地だけど」
「なに、借地?」
『借りる』ということに関心が高かった私は、その新聞記事に飛びついた。最低売却価格も書いてあるが、金額も信じられないくらい安い。
「よし、明日、現地を見に行こう!」
その夜は、二人ともなかなか寝付けなかった。
当時の競売物件は、所轄の裁判所で物件の詳細資料を閲覧できるようになっている。詳しい住所等は、その詳細資料でないとわからない(現在はネットで閲覧が可能になった)。
閲覧開始日に裁判所を訪れてみると、閲覧室には人があふれていた。資料を綴じたファイルは一冊しかないため、目的の物件を他の人が見ていると、窓口に返却されるまで待たねばならない。人気の物件ともなると、そのファィルを見ることさえ大変なのだとか。
案の定、目的のファイルは貸し出し中だった。仕方なく外の廊下で待つことにして、室内にいる人たちをぼんやり眺めていた。おお、居る、居る。それらしき人達。ダブルの背広が妙に似合う、その道一筋らしい独特の雰囲気を醸し出している。「偏見だ」と責められるとしてもかまわない、いわゆるお友達になりたくない人達。でもやっていることは私も同じか。
「ああ、運に見放された私は、遂にここまで落ちてしまった」