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木肌の美しさに魅了される

住宅の設計を始めた頃、最初に協力を得たのが家具職人の戸澤さんだった。この人、只者ではない。専門誌にも取り上げられる優れた技術者であるどころか、その発想力も豊かで、出来あがった作品はどれも思わず見入ってしまう程に美しい。

以前、ある仕事で初めて会ってから、年甲斐もなくファンになった。だが、このことが私にとっては不幸の始まりだったかもしれない。いわゆる「知ったらおしまい」というやつだ。私のように、特に向上心が強い人間は、知ってしまった以上、それより低いレベルの仕事が許せなくなる。

すべての仕事で、この戸澤さんと組めれば最高だが、そうばかりとは限らない。その後、利益至上主義の工務店と何度も衝突を繰り返すことになり、疲れ果てた結果の結論は、施工も自分で担当することだった。職人を自分で選べば、少しはストレスが減る。やがて住宅規模の工事に関しては、自社で職人を手配する体制を整え、設計施工としての礎を築くことになっていった。

当時多くのホテル建築に携わっていた私は、この人から、装飾としての木材について広く知識を得ることになり、だんだんと木の温かい表情を生かしたインテリアデザインに傾倒していった。この頃、ホテル業界では、従来の大理石一辺倒から、外人デザイナーを登用しながら、美しい木肌に間接照明を当てる温かみのある空間づくりが脚光を浴びていた。記憶では香港のグランドハイアットあたりがその火付け役ではなかったろうか。

国内の伝統では、木を構造体として捉えて、しかも木肌そのままの美しさを尊ぶ気風が残っているようで、この路線を推し進めようとすれば、どうしてもホテルオークラに代表される和風空間になってしまう。確かに気品は保たれようが、世の女性達の気持ちをくすぐる新鮮さや優美さに乏しくなりはしないか。有閑マダムたちを主役に、今やホテルの重要な顧客となりつつある女性の感性にマッチする空間づくりが求められていた。

こうした時代の流れの中、恥ずかしながら私が提案する木の表情を生かしたデザインは概ね評価され、その後も設計業界で生きていく自信につながった。独立したての小さな設計事務所の経営者としては、バブル崩壊後で仕事が少なく苦しい時期でもあったので、本当に運が良かったと思う。

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