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三階のバルコニーを空中庭園に

ところで冷静に考えれば、私は建築家として特別成功した訳でもない。なのに、私達夫婦は、こんな空間で毎日寝起きができる、そんな贅沢が本当に許されてよいのだろうか。建物の竣工が近くなってからも、互いにふと顔を見詰め合う日々が続いた。

残念ながら愛情の確認というよりは、不安を鎮める暗黙の確認作業だった。
「本当にいいんだよね。こんなところに住んで」
「何か落とし穴があるかもね」

戦々恐々、それでも凡人ゆえに欲は果てしなく続く。実際に工事途中でボード張りの食事のスペースに立つと、南側にある避難用バルコニーが貧相に見えてきた。そして、単に外に出られるだけでは我慢できなくなっていく。乗りかかった船、ここまできたら出来る事は全てやってしまいたい。

「ここに観葉植物をいっぱい並べたらお洒落よね」
妻の言葉に、またしても奮い立った。
「そうだ、バルコニーを広げて空中庭園にしよう」

我々の住まいは地上三階にある。ここにバルコニーを大きく作るとなると、壁から床を直接ハネ出すか、地上から長い柱を立てるかのどちらかになる。隣との境界近くまでいっぱいにバルコニーを張り出せば、約六帖の広さが確保できるが、これを柱なしのハネ出し方式で実現させるには、本体の構造設計を変更しなければならない。正式には、その間は工事中止が原則。かなりの覚悟が必要だった。ハネ出し方式の場合、木造では通常1メートル程度が常識で、出幅2メートル以上となると大袈裟な仕掛けが必要となる。

確かに京都にある知恩院の大殿の屋根などは、5メートル以上も空中に張り出しているのだが、あれは日本に建築の超人たちが存在していた古(いにしえ)の頃のスゴ業。現在ではとても真似の出来る代物ではない。で、結果は恥ずかしくも、地上6メートルの鉄骨の柱2本で地上から支える事にした。

組みあがったバルコニーの床に立ってさらに欲が出た。
「どうせならここの建具をフルオープンにしちゃおうか」
「そうなったら、気持ちイイわよね、きっと。素敵、素敵」

数年前からアコーデオン式のサッシが登場しはじめていた。サッシを両サイドに開け放つと窓のほとんどが何もない状態になる大胆な窓だ。網戸をどうしようかとの検討事項も残ったがもう思いは止まらない。現設計の引き違いサッシを変更するのに何の躊躇もなかった。大きささえ変えなければ、法的にも問題はない。

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