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建具のない新居での新生活とは

引っ越しの後は、早春で暖かな日差しが続いたかと思えば、花冷えの午後もあった。しかし、建具が無いと荷物の出し入れには好都合なので、家族で団結してこのしばらくは、建具なしで寒さをしのぐことになった。もちろん新居に移った後の数日間は夢心地で、多少の不便さも苦にならない。
「あと一週間待てば建具が入る。我慢、我慢」
明日への希望と確信さえあれば、人間たいていのことは耐えられる。
「ママ、入りまーす」
トイレの方向で大きな声がする。そうか、建具が無いということは、当然トイレにもドアが無いのだ。トイレは我が家を貫く廊下のほぼ真ん中に位置していたから、どこへ行くにもその前を通らなければならなかった。しかし、いくら最愛の妻でも、トイレに座っている姿だけは勘弁してほしい。いつしか家族の誰もが、この廊下を歩く時は、決してトイレの中を覗かないように、正面をじっと見つめて直進する暗黙のルールができていた。

間に合わなかったのは建具だけではなかった。カーテンとブラインドもそうだった。これは私の怠慢で単に発注が遅れただけのことだが、春は刻々と夜明けが早くなる。なんとまだ四月にもかかわらず、朝六時にはすっかり明るくなるのだ。知らなかった。これまでの古家では、目覚めてから階段を降り、座卓にスネをぶつけながら玄関のドアを開けないと、夜が明けたかどうか分からない状態だったから、新居に移ってからは新鮮な驚きの連続だった。

異常に室内が暗かった以前の古家の反動から、新居では枕元も出窓に設計していたので、川の字の四人組は毎日の朝日が眩しく、目覚まし時計が鳴る以前に誰もが片目を開けていた。まだ朝六時半なのに。
「さあ、皆んな起きるのよ」
長男の入学を目前に、家族の生活は一変した。特に夜行性の私は、先週までより三時間も早く目覚めなくてはならない。しばらく抵抗を試みたものの、この強烈な朝日の前には人間は無力だった。

緑の少ないこんな都心の住宅地でも、早朝六時前には小鳥のさえずりがはっきり聞こえてくる。鳥の種類は分からないが、なんと心地よい響きなんだろう。
「よし、これを契機に朝方に体質改善しよう」
何度もそう誓ったのだったが・・・。建具やカーテンが入った後も、朝方の習慣が定着したかどうかは想像にお任せしたい。

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