ARTICLE

借地権の恩恵、広めのキッチン

これまでの仕事の中で感じるに、施主の意向は、キッチンは単なる作業場から脱して、住宅の中心的存在になっていく傾向にあるようだ。最近では施主としての主導権が、どうも奥さんに移っているようで、女性の最大の関心事であるキッチンに注目が集まるのも当然のことかもしれない。

確かに数年前から、オープンキッチンと呼ばれるスタイルが多く見られるようになった。簡単に言えば、流し台とコンロのあるメインのキッチンセットが壁際から離れ、食卓テーブルの方を向くスタイルのことだ。これまでにも同様な方式はあるにはあった。キッチン側から食卓方向が見える窓のような開口があるもので、カウンターと呼ぶ小さな棚板も備わっている。マンションなどで窓が確保できない場合の明かり取り窓を兼ねたこのスタイルは、手元の乱雑な様子が隠れるので、それはそれで今でも多く支持されている。

 
ところが最近、キッチンとダイニングテーブルとの間に、まったく壁が無いスタイルが流行り始めている。きれいに片付いている時の写真を見る限り、絵的にとても美しい。しかし、現実の生活の中で、食後の汚れた食器類が無造作に重ねられたワンシーンを思い浮かべると手放しで賛成はできないが、小さな子供が居る家庭では、料理の合間でも見張りが出来て母親としては安心感があり、人気急上昇も納得できる。

実は我が家もその光景にあこがれていた。ケイスケやタカコが大きなダイニングテーブルで宿題をこなす。それを見守りながらの料理の時間は、母親にとっては至福の時間なのかなと夢を見た。自邸の建設が具体化した頃、インテリアの雑誌を山と買い込み、気に入った写真をカッターで切り取ってスクラップブックに無造作に貼っていく。鼻歌交じりでこの作業を続けていた幸せ絶頂期の彼女を今でも思い出すが、切り取っていた写真のほとんどがキッチン関係のものだった。

「あなた、狭いキッチンは絶対イヤよ」
結婚してから気づいたことなのだが、私の妻は何につけても大きなものが好きらしい。「チマチマしたものは、どうも好かんとね」
食事の時間を家族の生活の中心においた我が家は、キッチンのスペースも許す限り広く取ることになった。

 
効率的に使いやすいコンパクトなキッチンは好ましいが、経験上本音を言えば、やはりゆとりのある広いキッキンに勝るものはない。ここでも我が家は借地権の恩恵を受ける事になった。土地に対する金銭的負担が少ない分、建物の床面積が多く確保された結果、ほぼ8帖間のスペースがキッチンに充当できた。それでも私が育った岐阜の実家では10帖位あったから、田舎レベルでは自慢できる程のことではないが、こと都心部での平均値からすればかなり広い方だろう。

「一介の建築士の自邸としては、贅沢過ぎるでしょう」
多々なるご批判もございましょうが、そこはそれ、借地権に甘んじてお許し願いたい。

関連記事一覧

単行本

建築家が自邸を建てた その歓喜と反省の物語

Amazon&大手書店で好評発売中!

Amazonで買う

最新記事