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メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.30」
2002/9/3(不定期発行)
第4章 建築構法の選択
4.工事開始(2)
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□ ご購読感謝
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みなさま、こんにちは。はじめまして。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。
このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸
を建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。
先日、読者の方より、メルマガを保存する際、タイトルが同じなので号数と
サブタイトルを入れて欲しいとの要望がありました。真剣に読んで下さる方
がいると思うと大変はげみになりました。どうぞ、なんなりとご意見くださ
い。
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■ 4.工事開始(2)
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「さて、どうしよう。」まさに大ピンチ。普段は仲の良さなど自覚もしない
我々夫婦も、この時ばかりは戦場の同志と化していた。二人の一致した考えは、
とにかく借地権でも住宅ローンを貸してくれる銀行をしらみつぶしにあたるこ
と、どうしても融資がダメな場合は、現在まだ建っている古アパートに再度入
居募集して家賃収入を得る。後は、馬車馬のように働いて建築費を貯めるしか
ない。「ならぬ堪忍、するが堪忍」とはよく言ったものだ。またしても夢が遠
のいて行く。
裁判が始まってから苦節7年余り。絶えに絶えた妻も、今回ばかりはカラダ
中の力が抜けている。「人生って、悲しいものですねー。」演歌の文句が深く
沁みてくる。野球に例えると9回裏ツーアウト、ランナーなし。万一、ホーム
ランが出れば、やっと同点に出来る場面だった。
「あなた、公的融資なんてダメに決まっているわよね。」「そう、銀行より
審査が厳しいからなあ。」絶望感に浸った眠れぬ夜の夫婦の会話が、はからず
も天に届いた事が判明したのは、つい翌日のことだった。
東京都の都心部では、「敷地100?以上」の基準がある住宅金融公庫の利
用は地方に比べると極めて低い。これまでも数十件の住宅の設計に携わってい
るものの、金融公庫にはほとんど縁が無かった。それなのに自分のことで相談
に出向くことになろうとは。何事も初めての時は足が重い。水道橋にある住宅
金融公庫の建物はそれはそれは立派で、職業柄つい観察してしまう。設計上の
意図、建造物の仕上げ材、ディティール(細かい納まり)など十数分かけて頭
に入れると落ち着いた。
例に漏れずお役所仕事。二十分ほど待たされた。どうせダメもとの心境なの
で大して腹も立たない。順番がきてカウンターに座り、事実のみを淡々と話し
てみた。しばらくして、これまた事務的に答えが返ってきた。「借地でも融資
は可能です。敷地の広さも大丈夫ですし、特に問題は無いと思われますが。」
「えっ、うそ、ほんとー」晴天のへきれきとはこのことか。あまりに簡単な答
えに何か落とし穴が無いかと執拗に質問を繰り返したが、「融資の手引き」に
書いてある項目には何の問題も見つからない。「えっ、うそ、ほんとー」抑え
ようとしても唇が横に広がる。
その場で直ぐに妻に連絡したか、じっと待って夕食後に驚かせたのか、よく
覚えていないが、とにかく9回の裏に代打ホームランが出たのだった。その後、
具体的には金融公庫と年金融資の枠をを合算し、足りない部分は、あの地元密
着型のY銀行から借りることになった。なんと、あれからY銀行の支店長は本
部を説得し、借地でもよいという特別枠を確保してくれていたのだった。感謝。
座右の銘「人生投げたらあかん。」
紆余曲折があったが、いよいよ工事開始のメドがたった。
(つづく)
