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メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.50」
2004/10/8(不定期発行)
第7章 内装
4.木との共生(1)
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□ ご購読感謝
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みなさま、こんにちは。
ご購読いただきまして誠にありがとうございます。
このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。
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■ 木との共生(1)
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この自邸は木造3階建てのため、準耐火建築物としての規制があり、仕上げ
材としては外部にも内部にも、ほとんど木が使用できないことは前述したとお
りである。しかし、住まいの中での木の素材が持つ柔らかさ、ぬくもり感はと
ても捨てがたい。
いつだったか「元来、日本民族の木材に対してもつ愛着の深さと、感受性の鋭
さは、他の民族とは比較にならないほど強いものがある。」と読んだことがあ
る。とすれば、この日本人特有の感性を防火規制の下に捨て去るのも淋しい限
りである。
これまで幾度となく繰り返されたであろう、役所の係員とのせめぎ合いから判
断するに、「木は面としては使用できないが、線的にはある程度許される。」
らしい。従って、建具や窓枠にだけは、内装材として木の味を出すことに落着
いた。堂々と違反建築もあるまい。
さて、最近の流行なのか、新進気鋭の建築家の中では、木の色をすべて消し
去り、白一色に統一された住宅をよく見受ける。たしかに「格好イイ」が、長
くホテルの設計に携わってきたせいもあって、私にはあまりに無機質な空間は、
どうも貧相に見えてしまう。英語ではシンプルイズプアーとでも訳そうか。
この真っ白な空間は、本来、住宅に求めたい「暖かく安らぎに包まれる場」と
いう視点からは、なんとなく距離があるように思え、それを補う意味で自邸で
は木の素材を敢えて採用することにした。
海外の話題の高級リゾートホテルのパンフレットを手にすると、決まってど
の施設写真も全体的にオレンジ色で、暖かい高級感がある。さらにその理由を
追求すると、それは内装に木が多用され、そこに蛍光灯ではなく白熱灯の間接
照明が当たっているためと自己流の解説を付けたくなる。
逆に、国内の著名な都市ホテルのパンフレットは、写されている空間のどれも
がなんとなく白い印象で、無難な白い大理石のインテリアが多いのが特徴だ。
このことを日頃から強く感じている私には、どうしても木を生かした内装が捨
てきれなかったのだ。
では、この自邸が準耐火建築物でなく、自由に内装が出来るとしたら、私は
果たしてどの程度木肌を見せる内装にこだわったのだろうか。これは、かなり
個人的な見解だが、木は扱い方によっては安易な民芸調になる。つまり、かな
り野暮ったくなるのだ。その顕著な例は、一つの空間の中に、いろんな木を無
造作に使用している場合だ。その使用する面積に関係なく、一種類の木で構成
された空間はたいてい美しいものだ。まあ、許されても2種類か。
また、木自身、女性に似て美しい木とそうでない木がある。よく構造体の柱
や梁をそのまま表しにして内装に取り込む住宅を見かけるが、ひと時代前の、
厳選された材木ならいざ知らず、今日の流通材では、乾燥が未熟で後で割れが
生じたり、構造計算では可能とされてもいかにも貧弱な細い柱や梁は、内装と
して癒し感を出すより先に、不安感や安っぽさを演出してしまう。特別な場合
は除き、構造体としての木と、内装としての木は、はっきり分けて使用したほ
うが無難で美しい。
ところで、こう見えて私は「木についてはチョットうるさい」と仲間の設計
者達から囁かれる存在である。その所以は、まず大学を卒業して社会に出たて
の頃、「大卒の青二才は現場の何も知らない。」と大工達に笑われまいと、必
死に五感を駆使して樹木の種類を覚えた経験から始まる。実際のところ、嘲笑
されていたのは事実だが。
この頃、主に構造材として使用されていた国産の針葉樹は勿論、造作材として
使用される南洋系の輸入材もほとんど自分の手で触れ、さらに木の香りを嗅い
でその特徴を体で覚えた。
これに加え、決定的に私を木の世界に目覚めさせてくれたのは、現在も我が国
の木工の重鎮であるヒノキ工芸の代表、戸沢氏との出会いである。不幸にも建
築の世界で師を持てなかった私だが、この人に限ってはそれに近い存在と言っ
てよいかもしれない。
ホテルの内装の仕事が最初の出会いであった。なにせ大きな目がキラキラ輝い
ている。縁あって私の設計した家具の製作を担当してもらったのだが、ここま
ではよくある話。驚いたのはその出来栄えであった。
設計者の立場から言わせてもらえば、建築でも家具でも大抵は自分が想像し
たものより良くは仕上がらない。ところがである。彼が製作した家具は、設計
者の意図をはるかに超えて妖艶ささえ漂っているのだ。その後、機会ある度に
彼に家具を依頼することになるのだが、そのいずれもが感動に満ちたものだっ
た。「こんな職人、ちょっといない。」と今でも思っている。
では、具体的に一般の家具とどこが違ったのか。今思い出してみるに、確か
に曲面の仕事や塗装も見事だったが、何より自然の木目が生きていた。関係者
に聞くと、家具に使用するための木の単板(表面に貼る厚さ1ミリほどの薄い
板、ツキ板とも言う。)のストックは国内でも屈指の質と量らしい。つまり第
一級の素材を見る目と、それを生かしきっているのだと気づいた。人間いくら
意気込んでも、自然の造形美にはかなわないのだ。
ところで、彼の仕事を何回も眺めているうちに、私の図面とはところどころ違
っていることに気付いた。最初は「実にけしからん」と思ったものの、口に出
せないでいた。いつも「気に入らなければ、持って帰ります。」と言わんばか
りの気骨な雰囲気が漂っていたからだ。「設計図どおり作るだけなら至極簡単。
設計者の意図を汲んだ上で自分の職人としての知恵を作品に投入する。その結
果多少図面と異なっていても理解してくれる人と仕事をしたい。」そんな無言
の気概が溢れていた。うーむ、これぞ本物。
この人と仕事の話をしていると自然に木のことに詳しくなった。机上の議論
ではなく、木の粉が舞う工場の中で実物に触れながらである。建築と違い、家
具の場合、使用される木の種類も多種多様。産地は世界的になる。世の中には
何と美しい木肌を持つものが多いのかと驚かされた。いくら樹木に恵まれた日
本でも、やはり世界には及ばない。そして木は生き物。よくよく眺めるとその
木肌や木目の形が少しづつ変わっている。
いつだったか「この面白い木目いいですねぇ。」私の言葉に、彼の目がいっそ
う輝いたことがある。「大手事務所の設計士さんは、ほとんど均一で無難な木
目を選ぶ。これを認める可児さんとはいい仕事ができそうだ。」思えばあの時
から本当の信頼関係が築けたのかも知れない。
勿論、今でもこの関係は続いている。私は設計を依頼された住宅では、何とか
一品でもいいから、予算の許す限り彼の作品を採用するようにしている。ホテ
ルやビルともなれば、設計の構想段階から戸沢氏の登場となる。
結果は言うに及ばない。
(つづく)
