ARTICLE

「いい家がほしい」という本を買ってみた

最近売れている(らしい)「いい家がほしい」という本を買ってみた。内容は、とにかく外断熱の優位性を主張したものだったが、その第一印象は、あまりの断言口調に少し違和感が伴った。
「それはあなたの勝手な意見でしょ」

作者に大変失礼と思いつつも、同じ技術者として疑問が残る記述も多く、ここまで断言されるとちょっと引いてしまう。

そもそも、「いい家」なんて感ずるのは、個人の主観によるものが多い。どこに満足の尺度があるのかは千差万別と言ってよい。立地条件や建築コストも影響するし、プロから見て「ダメだこりゃ」と思うほどの手抜き住宅であっても、そこに住む人が満面の笑みをたたえていれば、まさしくそれは「いい家」に違いない。
(意外とこのパターンは多い)

したがって、外断熱の効果による居心地の良さは、「いい家」の一つの要素に過ぎないのだが、まさにこれから我が家を手に入れようとする人たちにとっては、「いい家」という言葉は見過ごすことができない響きなので、こうしたタイトルの書物が何冊も店頭に並ぶ理由がわかるような気がする。

もちろん、他人事と言ってもおられない。私の自邸の場合も、この外断熱を採用するかどうかで迷うはめになった。最初は、実験も兼ねて、是非やってみようと考えていたが、一通りの設計を終えて見積を取った時点で怪しくなってきた。

住宅を建築する場合、余剰資金がある人はそう多くはない。特に首都圏で、しかも土地も含めて取得しようとする人達にとっての家づくりは、限られた予算の中で、自分の希望がどこまで叶えられるか挑戦なのだ。この私の場合とて例外ではなかった。妻からは
「全体のバランスを考え、予算配分をきっちりしてくださいね。無い袖は振れませんから」
と何度も釘を刺されていた。

私はデザインのセンスとかプランの巧みさにはチト自信があるのだが、予算管理は大の苦手。高層ビルなど、ある程度の規模の仕事になると、予算管理は施工者となるゼネコンが、私に代わって、徹底して管理してくれるので、楽ちんだった。少しでも設計変更をしようものなら、翌朝には追加見積書が届く。
「オイオイ、このくらい予算内でやってよ」
「それはできません。ハイ」
の繰り返し。ある意味明快。

しかし、今回はゼネコンはいない。メーカーや工事会社から見積もりが届くたびに溜息が出る。
「アチャー、そんなにかかるんだ」

外壁の面積が意外に多いことも恐怖だった。ここで、さらに手間のかかる外断熱工法を採用すれば、一巻の終わり。予算オーバーとなるのは確実だった。

そもそも北海道のような極寒地であれば、構造体そのものを保護する意味でも、何にもまして真っ先に外断熱工法を採用しただろう。しかし、比較的温暖なこの関東地方で、最優先で外断熱工法に予算を計上するのはどうしたものかと迷った。

原理としては間違い無いところだが、施工の良し悪しによってもその効果は左右される。また一方では、夏の暑さ対策や屋根の断熱だけ見れば、内断熱の方が優れているとの意見もある。さらに、費用との相対効果を問われると、私自身、盲目的な「外断熱信奉者」にはなれないでいた。

そんなこんなで、踏絵的存在の自邸の設計では、最後の最後まで外断熱仕様にすべきか迷った。まさに、生徒の素朴な質問に答えられないでうろたえているベテラン教師の心境だった。新刊の雑誌の中に「欧米では、コンクリート造の建物までが外断熱だ。」との記事を見つけると、「ホントかな」と疑いつつも、ますます頭の中が混乱してくる。果たして、仕上げ材料の質を落としてでも、そうすべきなのか。結局のところは自分で判断するしかなかった。

私なりの最終結論は、「外断熱を止める」だった。理由は予算配分のバランスから考えて、どうしても無理があると判断したからだ。アパートを併設した私の自邸では、外気に面する壁面は半端な量ではない。その費用捻出のために、仕上げ材や設備機器などのグレードを落とすのもイヤだった。私にとって「いい家」とは「全体としてバランスのとれた家」なのだ。

関連記事一覧

単行本

建築家が自邸を建てた その歓喜と反省の物語

Amazon&大手書店で好評発売中!

Amazonで買う

最新記事