(余談)-とある現場で
工事が終盤にさしかかった頃、現場の左官職人から電話が入った。
「もしもし、先生。外壁の仕上げ材が20袋ばかり足りません。至急追加してください」
「そんな馬鹿な、ちゃんと計算して発注してあるんだ。どっかに紛れてんじゃないの」
「いや、ちゃんと調べました。下塗材は少し余るぐらいで丁度いいんですが。上塗材だけ足りないんです」
「とにかくメーカーに聞いてみるから、待ってて」
実は、この現場もご多分に洩れず、予算との睨めっこ。すこしでもムダが出ないようにと気を遣いながらも、シラス火山灰の新しい素材と聞くとどうしても使いたくなる私の性分。予算ギリギリで発注した矢先の電話だった。
「もしもし、Sさん、御社のカタログどおり発注したら、上塗材だけずいぶん足りなくて現場が困っちゃってるんだけど。ちょっとおかしいんじゃない?」
「そ、そ、そんな馬鹿な。こんなクレームは初めてですよ。職人さんの腕は確かなんですか。厚く塗りすぎてるとか・・・」
「私がいつも指名している職人だから間違いはないよ。ちょっと年配だけど・・・。とにかく仕事が止まっちゃうから至急足りない分送ってよ。アーァ、これでまた予算オーバーだよ」
それから数日後、現場に行った私は唖然となった。なんと、外壁の周囲に白い粉が降り積もっているではないか。それも大量に。よく見ると、あの追加注文した上塗材だった。すかさず私は職人を捕まえて声を荒げた。
「おい、どうして材料捨てるんだ」
「え、でも」
「でもも、クソも無いだろう。高いんだょぉ、この材料」
「え、でも先生。仕上げを聞いた時、『カキ落とし』って言いましたよね」
「ムム、確かに言ったよ」
「『カキ落とし』って聞いたんで、カキ落とす分だけ厚く塗ったんですよ。足りない筈ですな。」
「あっちゃー、原因はこの俺かい」
しかもこの左官職人、裏側の人目につかない部分まで丁寧に「カキ落とし」てあった。そんなところ、単に金鏝押さえか刷毛引き程度で十分だったのに・・・。
常々、「俺の見てないところで手を抜くような職人はいらん。」と豪語している私には、二の句が告げず、ただただ建物の周囲に雪のように積もった白い粉が、この上も無く愛おしかった。
古来、立派な和風建築の外壁は、カキ落とし仕上げが定番。一旦厚く塗って、カキ落とすのだから、たしかに重厚な味わいが得られるわけだ。改めて納得したのだが、それにしても高い授業料だった。