システムキッチンを組む(1) - キッチンスペース - SE工法、重量木骨、注文住宅なら一級建築士事務所 QUEST クウェスト

建築家の自邸、満足と反省の物語

システムキッチンを組む(1)

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  メールマガジン 「建築家の自邸、満足と反省の物語 NO.70」

  2006/1/5(不定期発行)

  第10章 キッチンスペース

   1.システムキッチンを組む

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□ ご購読感謝

あけましておめでとうございます。

ご購読いただきまして誠にありがとうございます。

このメールマガジンは、これから家を建てる方のために、建築家の私が自邸を
建てたときのエピソードを物語風にアレンジしたものです。
少しでもみなさまの参考になれば幸いです。



■ 1.システムキッチンを組む


 自邸の建築の以前に数件の住宅を依頼されて、なんとなく感じていたことの
ひとつが、最近の施主の意向は、キッチンが単なる作業場から脱して、住宅の
中心的存在になっていく傾向にあることだった。このところ、男性がめっきり
弱くなった現実がある。言い換えれば女性に対し優しくなったとも言えようか。
その影響なのだろう、最近では施主としての主導権が、どうも奥さんに移って
いるようで、女性の最大の関心事であるキッチンに注目が集まるのも当然のこ
とかもしれない。

たしかに数年前から雑誌などでも、オープンキッチンと呼ばれるスタイルが多
く見られるようになった。オープンキッチンとは、簡単に言えば、流し台とコ
ンロのあるメインのキッチンセットが、食卓テーブルの方を向くスタイルのこ
とだ。これまでにも同様な方式はあるにはあった。キッチン側から食卓方向が
見える窓のような開口があるもので、カウンターと呼ぶ小さな棚板も備わって
いる。マンションなどで窓が確保できない場合の明かり取り窓を兼ねたスタイ
ルで、手元の乱雑な様子が隠れるので、それはそれで今でも多く支持されてい
るようだ。


 ところがここ数年、建築家の住宅進出を期に、まったくキッチンとダイニン
グテーブルとの間に壁が無いスタイルが流行り始めている。きれいに片付いて
いる時の雑誌などで掲載されている写真を見る限り、絵的にとても美しのだが、
果たして現実の生活の中で食後のワンシーンを思い浮かべると大賛成はできな
いが、それはともかく小さな子供が居る家庭では、料理の合間でも見張りが出
来て母親としては安心感があるに違いない。

実は我が家もその光景にあこがれていた。ケイスケやタカコが大きなダイニン
グテーブルで宿題をこなす。それを見守りながらの料理の時間は、母親にとっ
ては至福の時間なのかもしれない。自邸の建設が具体化した頃、インテリアの
雑誌を山と買い込み、気に入った写真をカッターで切り取っていく妻。鼻歌交
じりでこの作業を続けていた幸せ絶頂の彼女の姿を今でも思い出すが、後で思
えば、切り取っていた写真のほとんどがキッチン関係のものだった。

「あなた、狭いキッチンは絶対イヤよ。」結婚してから気づいたことなのだが、
私の妻は何につけても大きなものが好きらしい。「チマチマしたものは、どう
も好かん。」(長崎弁)のだそうだ。食事の時間を家族の生活の中心に捕らえた
我が家は、キッチンのスペースも許す限り広く取ることになった。

 効率的に使いやすいコンパクトなキッチンは確かにあるが、経験上本音を言
えば、やはりゆとりのある広いキッキンにはかなわない。ここでも我が家は借
地権の恩恵を受ける事になった。土地に対する金銭的負担が少ない分、床面積
が多く確保された結果、ほぼ8帖間のスペースがキッチンに充当できた。それ
でも私が育った岐阜の実家では10帖位あったから、田舎レベルでは自慢したも
のではないが、こと都心部での平均値からすればかなり広い方だろう。「一介
の建築士の自邸としては贅沢過ぎる。」と罪悪感も覚えたが、そこは借地権に
甘んじて許してもらうことにした。

 さてキッチンの配置をどうするのか。もちろんオープンキッチン方式で、シ
ンクのある流し台はテーブルの方を向くことは決まっていた。ではコンロはど
うするのか。原理原則に従えば、コンロに付帯する換気扇はダクトで天井裏を
経由させて外に放出するシロッコファン方式より、直接外気に接する壁にプロ
ペラ扇を取り付けたもののほうが効率がよいに決っている。それを重視すれば、
流し台がダイニングルームに向き、コンロが直接外壁に向くL字プランが適当
に思われた。今にして思えば、いっそ流し台とコンロを分離させたアイランド
型にして背面の壁に換気扇を取りつける案もあったようだが、いつの間にか年
齢とともに革新的や前衛的思考が薄まってしまっている私は、妻のリードに従
って一般的な方法であるL字プランで納得してしまったのだった。

そもそも建築家の自邸である。キッチンも独自の発想で一から作るべきだった
かもしれないと後になって悔やまれた。シンクやコンロのようなパーツはそれ
ぞれ製造工場を知っているし、食洗機やオーブンなどの電気機器も既製品を買
えばよい。とすれば、キッチンと言っても要は箱モノと天板の問題だけだ。新
進気鋭のデザイナーなら、きっとこの辺りまで独自のデザインにこだわるのだ
ろうが、建築家は指揮者に例えられるように、ものごとをうまく組み合わせて
いく職能でもあると自らを慰めた次第である。

「市販品を上手に組み上げるのも懸命かもよ。」キッチンの機器の配置がほぼ
確定した頃、財布を握る妻に手を引かれて、ショールーム巡りが始まった。
サンウェーブ、クリナップ、タカラに松下。大手メーカーだけでも五、六社は
ある。これに後発の「こだわり特注ショップ」や輸入品メーカーまで入れると
軽く20社は越える。今後の設計に生かすための勉強も兼ねて、ほとんどのシ
ョールームを網羅する巡礼の旅が始まった。これまでも時々ショールームは覗
いていたものの、さすがに自邸に採用するとなると緊張するものだ。今までの
ように「最終的には施主の好み。」と逃げ口上が効かないからだ。

訪れてみると、どのメーカーも展示に工夫を凝らし、女性のコーディネイター
の対応も上出来だった。目標の半分も廻ったところで、私達にはひとつの悟り
が生まれた。「どうやら扉材が違うだけで、どのメーカーもキッチン本体の箱
は同じだぞ。」よくよく観察していると、どこかの工業団地にある同じ工場で、
今週はクリナップ、来週はサンウエーブなんて具合に、箱ものを専門に生産し
ているのではと思えてきた。事実は違うにしても、そう思えるくらいどのメー
カーも似ているのだから、要は中身より扉材と天板の選択ということになる。
同じメーカーにしても、グレードの違いは、箱そのものではなくて、扉の意匠
によるものがほとんど。箱の中は主に収納なので、そこがステンレスで覆われ
ていようと、ホーロー製で仕上げられていようと「絶対これしかない。」とい
う決定的な要因は見つからない。

どのショールームにも、壁に扉材だけが貼り付けてあるコーナーがある。白か
らはじまって色物、次にアルミなどの金属っぽいもの、更に木目調と続くのは
どのメーカーも同じ。しかし、妻のケイコさんの目はいつになく輝いて見える。
「あれもいい。これも捨てがたい。」と、まるでバーゲン会場に来ている主婦
状態と例えるのは失礼か。普段は少々怖い存在だが、この時の横顔は希望溢れ
る素直な女性そのものだった。

 最終的なキッチンセットのメーカーはトーヨーキッチンの品物となった。こ
こに決めた理由はふたつあった。まず、流し台の奥行きが通常65センチのと
ころ、75センチあって一時的にも鍋が置けたりする余裕が感じられること。
これが何でも「大きいこと」が信条のケイコさんに受けた。天板のステンレス
が顔も写る程の鏡面仕上げで、この光沢も決め手になったようだ。もう一つの
理由は、まったく私の個人的な動機から。

このメーカー、実は相当以前から知っていた。今からもう三十年近く前、私が
設計として社会に飛び込んだ頃、どこかの工務店にこの社のキッチンカタログ
があった。「何てダサイ流し台なんだ。」ほとんど何も知らない見習い設計士
にも、そのデザインのお粗末さは認識できた。何故そんなことを覚えているの
かといえば、その会社の所在地が生まれ故郷に近い、岐阜県だったからだ。
「やっぱり、東京都では岐阜の田舎もんは通用しないのか。」と自分とダブら
せていたような気がする。それがいつの間にか、大手メーカーにも迫る勢いな
のだ。規模はまだまだなのだろうが、カタログのセンスでは群を抜いている。
誰か筋の良いアートディレクターでも雇ったのだろうと思ったが、つい地元の
よしみ、応援する気持ちが沸いていた。

 天板、つまりカウンタートップは最近人工大理石が多く見受けられる。模造
品も多いが、オリジナルである米国のデュポン社のコーリアンあたりは、高額
だが性能はいいらしい。真っ白な天板なんか挑戦してみる価値もあると思った
が、オープンキッチンと洒落てみても、きっと現実的には流し台廻りが乱雑に
なる不安があり、目隠しを兼ねてややや高い位置に無垢の木のカウンターを設
置することにしたので、食堂のテーブル側からはあまり天板はよく見えない。
だとすれば、耐久性の高いステンレスの方が現実的と割り切った。

 しかし、逆に無垢の木のカウンターにはこだわった。我が家の中心的存在の
食の空間。その中でもさらに中心に位置するものだ。食器を下げたりする機能
の他に、意匠としても重要である。ただ無垢の木は、そのまま板として使うと
しばしば民芸調になってしまう。木の持つ素朴さは出ても野暮ったさも同居し
てしまうのだ。

ここは一つ増田会長のところに相談に行ってみることにした。この人、もとも
とは店舗内装を得意とする木工職人を数十名抱える会社の代表なのだが、見る
ところ江戸っ子の代表のような粋な人物。「日本で一番多く木を持っている人」
といううわさに興味があって、知人の紹介で数年前にお会いした。木の原木の
多さなら、林野庁や住友林業にはかなわないが、家具に使えるように乾燥され
た材を山のように保持しているという点では、まんざら嘘でもないとその倉を
訪れて驚いた。

 埼玉県の空き地に、トタン板の屋根ではあったが体育館のような巨大な倉庫
が二棟あり、その下には何千枚か数えるのも躊躇されるほどの挽き板が積んで
ある。「可児さん、好きなだけ持ってっていいよ。」とは言われたものの途
方にくれた。「何ならまだ数倍北海道にストックしてあるから。」と豪語する。
聞けば、バブル期の前あたりから、仕事で稼いだ大半の金額をこの原木に費や
したそうな。「一山なんぼ」の時代だったらしい。

ところがこれが商売かと言えばそうでもないらしい。ただ単に好きなのだ。当
然、無垢の木については詳しかった。学問的というよりは経験的にである。会
社のショールームに家庭画報が置いてあったが、堂々数ページにもわたって特
集が組まれていた。タイトルには着道楽ならぬ「木道楽」とある。巨木をくり
ぬいて作った安楽椅子にあぐらをかいたその姿はまさに木の寵児であった。

この会長からユニークな話を聞いた。木を突き詰めていくと、埋もれ木に行き
つくらしい。その昔、自然災害で生き埋めになった大木が何百年、何千年を経
て河川工事などで発見されると、泥を吸って「えも言われぬ」自然の色に染ま
るらしい。自然が作り出す泥染めと言うものだ。これが味があっていいのだそ
うだ。「埋もれ木に凝っているうちに、この人自身が埋もれちゃったのよ。」
冗談としても、こうした豪快な旦那を支える奥さんには経営的に人には分から
ない苦労があるに違いない。

 さて、この会長が「自分に任せろ」と言う。こうした職人気質の男の申し出
には黙って従うのが得策。鮨屋も然り。後日出かけてみると、厚さ十センチも
ある、とても一人では持ち上がりそうもない桜の板が用意してあった。しかし、
よく見ると真中に腕がスッポリ入る位の穴が開いているではないの。いわゆる
商品にならないクズかも。ところが会長の目は真剣。「可児さん、これどう思
う。」ときた。その目が燃えている。

「あんた、どんな雑誌読んどるねん。」モロッコ旅行の別れ際に問われた安藤
忠雄の目に似ていた。木と供に人生を生き抜いた達人が私を試している。もち
ろんタダではないし、自分としても妥協できるものでもない。私はじっとその
節穴を見つめ、結論を出した。
「これにします。」無傷の板よりその穴の周囲の年輪に、この木の自然との闘
いの痕跡を感じたのだった。「実は可児さん、ここが木の命なんだよ。」会長
がニヤリと笑った。こうして我が家のシンボルに近いキッチンカウンターが誕
生したのだった。


(つづく)

 
 
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