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意外な結末が待っていた

通常、近隣説明はこうはうまくいかない。自分の家が、大きな建物の影にスッポリ包まれた様子を、図面で説明された北側に住んでいる住民は、その影のレベルが地表面であるか、二階の窓を想定した地上四メートルの位置なのか、あるいはその影のできる時期が春なのか秋なのか、もっとも影の長い冬至日なのか。そんな専門的なこと、冷静に聞く耳など持ち合わせていない。

「建築基準法では云々」などと若い設計士が、懸命に説明を試みても不毛の策に等しい。
時に、度重なる説明もむなしく、「絶対、反対。悪党の暴挙を許すな」と書かれた垂れ幕が隣の建物に掲げられたりする。ご丁寧に、どくろマーク入りなんかで。

近隣住民にとっては、日影イコール真っ暗なのだ。自分自身が高い建物の北側に位置する住宅に住む立場になった時、その若い設計士は初めてこの心境を理解するだろう。興奮した善良な近隣住民から、いきなり灰皿が飛んでくる。それを見事に避ける術を身に付けた若い設計士とは、ちょっと前の私のことである。

その夜、私は赤いワインを抜いた。新築してオシャレな生活が始まったら堂々と封を切ろうと心に決めていた高級なワインである。数年前に新築をして、一足早くそのオシャレな生活に浸った施主から送られた極上のワインだった。

「先生だったら、きっと日常的にワインを飲まれているに違いない」
建築家は、そんな施主の誤解に満ちた夢を壊さないために、事実は違っても敢えて否定しないことになっている。
そして妻も静かに席につく。
「世に言う自棄酒(ヤケザケ)でしょ。私も付き合うわ」

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