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思わぬ伏兵現わる

住宅の設計を始めて間もない頃、コルクタイルに興味をもって、業界最大手の千代田コルクを訪れたことがある。東京駅に程近く、大通りに面してはいるものの、古い雑居ビルの1階に会社はあった。それまで、建築雑誌の広告から想像していた会社とは別物の、妙に質素な事務所兼ショールームだった。

この会社では、全国からカタログの請求があって、その後はサンプルによって発注される場合が多く、わざわざショールームまで来る客はほとんどいないらしい。どおりでカタログが立派なわけだ。奥からすぐに白髪の小柄な紳士が現れた。矢下社長だった。名刺交換のあと、コルクタイルの特徴を詳しく聞くことが出来た。

「二流品が出回って困っている」
「浴室用コルクが特にお勧めだ」

この2つの言葉は今でも記憶に残っている。直接販売はしないとのことで、比較的安く施工するために、スミノエという代理店を紹介してもらった。

「先生、床はどうされますか。そろそろ下地を決めにかかりますから」
清水棟梁が工程表を気にしながら聞いてきた。仮止めの掃出しサッシも、そろそろ本締めしないと、外のサイディング工事が始められない。

さて、具体的に、いや最終的に、床を何にするか、待ったなしの時期に来た。最初に決断したのは子供部屋の床だった。子供は床にペタンと座る。その様子を思い浮かべていると、フローリングだと固くて痛そうな感じがした。それに冬場はすこしばかり冷たそうだ。カーペットは衛生上相応しくないことから、ここで柔らかく暖かいコルクタイルが脚光を浴び始めた。これなら子供部屋としての機能はほぼ満足できる。

実際、子供部屋に貼られたコルクはそのまま廊下に出て、隣の我々の寝室に延
びてきた。寝室の機能から考えてもこれを否定する要素は見つからない。親子4人が川の字で眠るスタイルは当分続きそうなので、ベッドがふたつ並べば床はほとんど見えなくなる。意匠的にもそれほどこだわる場所でもなかった。

こうして確固たる陣地を確保したコルクタイルは、長い廊下を這いながら途中のトイレをも侵略する。コルクの特徴の一つは、水に強いこと。もし、子供のオシッコで汚れれば、沁みこまないのですぐに拭き取れる。もしもの時は一枚だけ貼り替えがきく。もしかしたら住宅には理想的な素材のひとつかもしれない。ついでに、隣の洗面室も同じ水に強いという機能が求められることから文句無く右に習えとなった。

有頂天になったコルクタイルは、遂に我が家のメイン会場たるリビング、ダ
イニングにまで押し寄せてきた。さあ、ここで、さすがに迷うことになる。このまま進めて「ホテルのような家」になるのだろうか。ここは、さしずめホテルで言うパブリック空間。このあと様々な人が訪れるだろう開かれた場だ。したがって、安易な妥協は出来ない。誰から問われても毅然として理論武装をしていないと建築家の自邸としては許されない。

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