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緩めの階段が信条

そういえば、以前から私のどの仕事でも、「階段が緩くてイイですね」と褒めていただくことが多かった。本人としては、もっと別の部分を評価してもらいたいのだが、住宅でもビルでも私の設計では階段の緩さが他と際立って違うのだそうな。オレ流に言わせていただければ
「こちらが普通で、一般の世の建築物の階段が急過ぎる」
のである。いくら建築基準法で許された値と言えども、限界値で作ると転げ落ちそうになる。きっと、優秀な建築科の学生達は最初に出会った資料集成の数値が直ちに脳裏にインプットされ、その後も限界に近い急な階段を作ってしまうのだろう。

ところで、私が階段に注意を払うのにはもう一つの理由があった。大学の同級生の中に、関西に本拠を置く建設会社の長男がいた。ボンボン育ちの彼は、学生の頃からスカGを所有し、東京での学生生活を人一倍謳歌していたが、卒業と同時に郷里に帰り、若くして家業を継いだ。その奮闘振りに興味もあって、数年後にその地方都市を訪ねた折、母上様に言葉に尽くせぬ歓待を受けたのだった。
小島が浮かぶ美しい海岸線も手伝って、忘れ得ぬ旅の思い出になったのだが、まもなくその母親が自宅の鉄骨階段から足を踏み外して亡くなったと知った。彼はその後に経営の才能が開花、会社の規模も倍になった。やがては本社ビルも新築したが、立派に事業を継いだ勇姿を母親に見せられなかった無念さはきっとあるに違いない。それから私はこのことがトラウマとなって、危険な階段は決して作らないと固く心に決めている。

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