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一日十往復、十年で3万6千500往復

かなり冒険的発想だったが、生活空間の全てを三階に置くことに決めたので、一階の玄関と三階の居住スペースを結ぶ階段は、毎日の生活の中で、いかに楽をして往復できるかが勝負どころになった。てっとり早い話、上り下りに苦労を感ずる時期には、ホームエレベーターを導入すれば解決できるだろうが、その保守費用も発生するだろうから、ここはひとまずローン返済がなくなるまでは、このまま階段の往復を繰り返すしかない。

では、楽チン階段をどのようにして作るのか。久しぶりに、蔵書の建築雑誌にも目を通してみた。しかし、いつものことではあるが「これだ」と思われる優れた案にはそう簡単には出くわさない。初心に帰って、とりあえずは階段の踏面を広く、蹴上げを低くする設計を進めた。

ただどうしても、通常「鉄砲階段」と呼ばれる真っ直ぐな階段では、蒲田行進曲のワンシーンのように、何かの拍子で三階から一気に転げ落ちるイメージが払しょくできない。そこで、半分行って折り返す、通常「行って来い」方式の階段を採用することにした。

これを2基つなげれば、一階から三階までの間で合計三か所の踊り場が出来、その度に息を整えることができる。踊り場の分だけ床面積が増えることを覚悟すれば、安全性も高まるだろう。

小規模な住宅では部屋の広さを優先するあまり、どうしてもトイレや階段などの面積がいじめられる傾向にある。しかし、ほんの少しだけ部屋を狭くすることでこれらのスペースが充実し、グンと豊かな住まいとなることに気づかない人が多い。我が家の場合、何度もプランを調整した結果、足が載る踏面の幅は30センチ、蹴上げの高さが18.5センチと決まった。

木造の場合の間取りは通常三尺モデュール(91センチ)で構成されるので、階段の幅に関しては、柱の太さと仕上げ材の厚さを差し引いて、残り約76センチが一般的なのだそうだ。が、しかし、建築家としてはここで良しとしてはいけない。廊下についても同じことが言えるのだが、ここでモデュールを変えて、ほんの数センチ広げることで豊かな空間となるのだ。

階段や廊下の幅は、せめてあと10センチ広げて、有効で90センチ近く確保されれば、都心での住宅としてはほぼ合格点と言える。我が家では何より階段に重点を置いたので、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、その幅を有効1メートルとしてしまった。とにかく、この余裕に賭けるしかない。なぜなら、これから三階と地上を毎日十回以上も往復する未知なる生活が待っているのだから。

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