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「建築資料集成」の呪縛から解放されて

大学の卒業設計の提出期限が間近い頃、私は「建築資料集成」という分厚い本と格闘を続けていた。建物を設計する上での基本となる名称や形、寸法などが網羅されている建築の百科事典のような本だった。貧乏学生にとっては、かなり高価な本だった記憶があるが、どの友人の下宿にもその本は鎮座していたので、多分学校からの指示だったと思う。そもそも実務経験の無い建築科の学生にとって、見よう見まねの卒業設計は、こうした参考書のお世話にならざるを得なかった。

当時、出席日数ギリギリのアルバイト学生は
「い、いかん、もしや留年かも」
との焦りから、締め切り間際、本人も驚くほどの集中力を生んだ。結果、悪友たちの期待を裏切って、見事にスレスレの成績で卒業試験をすり抜けるあたりは、後の私の人生を示唆しているようだ。

しかし、格闘した割には、この資料集成から学んだ内容を、今ではほとんど覚えていないところが一夜漬けの悲しい宿命。時を経て設計事務所として独立した後も、私の事務所の片隅でその本は埃を被っていたが、あのバブル崩壊の後遺症で、泣く泣く事務所を自宅に移転した際、田舎の実家に送られ、数年後には他の建築雑誌とともに畑の土に還った。

ところが不思議な事に、現在でも実際の仕事で階段の形や寸法を決める時に、この資料集成の階段のページを思い出すことがある。卒業設計で階段に凝ったことで強く印象に残っているのだろうか。後にその資料集成に書かれていた数値は、建築基準法に基づいた値であることが分かったが、さらに現場の経験を積み、これらの数値はもうこれ以上急にすると危険だという限界の数値であることも体得したのだった。

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