ARTICLE

ショールームとして活躍

自邸の完成をみた頃から、メルマガで「建築家の自邸、満足と反省の物語」を発表し始めて、全国から意外に多くの反響をいただいた。なのに、完結に十五年も費やしたのだから、我ながら 情けないの一言だ。

また、事務所を併設したことで、来社される皆さんから、自宅を見せてほしいと懇願されるこ とが多くなった。これは誤算だった。予算と首ったけで、何とか完成させたこの自宅が、なんと モデルルームになる宿命だったとは。こんなことになるとは、夫婦ともども夢にも思わなかった。
そうと分かっていたら、もう少しやりようはあった気がするが、後の祭り。されとて、これから 更に手を加える金銭的余裕はないので、顧客には
「これよりは必ずよくできますよ」
と苦し紛れの説明に終始し、十年以上が経った。

最近では、余計なものも増え、娘の希望でワン公も同居しているので、いつもこぎれいにして おくことは至難の業。そこで、月に一度と定めて公開することにしたのだが、前日は仕事を休ん での大掃除が恒例となっている。比較的収納場所が多いので、散乱した生活用品を無理に押し込 むと、何とかそれなりに家もすまし顔になる。それでも、オプションオンパレードの住宅展示場 と比較すると、とても勝ち目はないので、最近は
「モデルルームではなく、十年後の経年変化が確認できます」
と念を押してから案内することにしている。

そんな自邸だが、何か感じていただけるものがあったのか、十五年間で六十棟以上の注文住宅 の依頼を受けているので、実にありがたいものだと感謝している。
私の設計を選択してくれたお 施主さん達に、そしてこの自邸にも、今改めて乾杯をしたくなった。

「可児さん、『いい家』ってどんな家ですか」
そう聞かれることが度々ある。難しい質問だが、次のように答えている。

「そうですね。耐震構造で、高気密・高断熱で、省エネ対策が万全で、日当たりが良くて、風通しも悪くない上に格好が良くて、コストもこなれていて、施工も確かな云々。挙げればキリがない要件が続くのですが、施主の好みも条件も異なる中、何かに特化することなく、それらをすべて飲み込んだ先に生み出される『バランス感覚に優れた家』のことだと考えています。
その結果、奥さんが心から『我が家が一番』 そう思ってくれる、そんな家が理想です」

 
気付かないうちに、いつの間にか今年も師走が近づいている。久しぶりに小春日和となった日 曜の夕暮れ時。夜と呼ぶには少し早い時間に、ダイニングルームに続くアコーディオン式のサッ シを開け放してみた。少し冷気も感じるが、心地よい微風が頬を撫ぜていく。

「あなた、チョット買い物にでも出ませんか」 キッチンカウンターの向こう側で、片付け物をしながら妻が言う。
「そう、おいしい柿が食べたいね」
最近、こんな日常会話の中に、ほんの小さな達成感を感じる自分がいる。

関連記事一覧

単行本

建築家が自邸を建てた その歓喜と反省の物語

Amazon&大手書店で好評発売中!

Amazonで買う

最新記事