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床の間代わりの大きな丸窓

こうして我が家のヘソが誕生した。演出次第では、季節感に満ちた生きた空間となるはずだ。ここには南からの光を求めて、畳二枚分の大きなハメ殺し窓を設けていた。階段を上りきると、最初にこの正面の大きな窓と対面する。ここはひとつ、印象的なデザインが欲しいところだが、余分な予算を認めてくれるほど奥様は甘くない。

ちょうどこの頃、町会の役員を強引に依頼され困っていた。それまで名古屋をはじめ、全国各地への出張をネタに辞退してきたのだが、遂に逃げられなくなった。普段、近所で善良ぶっていることがアダになってしまったようだ。観念して、幼い子供たちのためにも「ここは一肌」と町会の集まりに出向いた折、同じ町内に鉄骨の加工場があると聞いた。知っておいて損はない。

京王線の高架の下にその加工場はあった。ははん、ここなら多少の騒音も気にならないと納得し、作業員に声を掛けた直後、私は凍りついてしまった。作業員は二人だったが、振り向いたどちらもが凄みのある顔つきだったからだ。
「あ、あのう、どちらの組の方で」
とは失礼だが、風貌は江戸っ子そのもので、祭りのハッピが似合いそうなコワモテの二人。緊張してご挨拶をしたことと思うがよく覚えていない。とにかく我に帰った時は、図面を出せば見積りをくれることになっていた。
 
話を戻すと、階段を上りきった正面の窓の意匠として思いついたのが、よく京都の寺院に見られる丸窓。この円形に切り取られた窓から庭を愛でる伝統的な手法を取り入れてみたいと思った。北鎌倉は明月院の丸窓を通して眺める庭も感動的だった。

具体的には、一旦取り付けた四角の窓はもう変更できないので、手前に大きな円をくり貫いたパネルを貼って丸窓に変装させることにした。そしてこのパネルの素材を鉄板とするアイデアを思いつき、あのコワモテの小俣工業で見積もりを取ることにした。

簡単にスケッチを書いて送った数日後、返送された見積りは意外に納得の金額だった。しかも製作にあたって、詳細な質問があったが、その口調が何と丁寧なことか。そう、人は絶対に見かけで判断してはいけない。以後、細かい仕事ばかりで恐縮だが、当社のご用達とさせていただいている。

 
ところで、この鉄板、取り付けは自分でしなければならない。もちろん自分では出来っこないので、土屋棟梁にお手伝い願うことにした。丸窓サッシを発注するよりずっと割安だった。

「先生、なかなかいいべぇ。初めて見たよ」
土屋棟梁も感心顔。正統派大工には経験のないユニークな方法だったようだ。この鉄板には予め赤茶の錆止めが塗ってある。このままでは赤みが強すぎるので、自然の錆色にならないかと、日曜大工用のラッカースプレーを購入して自分で吹き付けも、以外に難しい。すっかりムラが出来て失敗こいた。これはヤバイかも。

意気消沈の私を横目に、妻のケイコは
「アラ、風情があって、なかなかイイじゃん」
とな。
「バカ言え、こんなのホテルじゃ許されないぞ」
「バカねえ、このムラがいいじゃないの、自然で。私好きよ」
「バカ」、「バカ」の応酬の末、こうして季節ごとのしつらえが楽しめる、我が家の中心的な空間が完成したのだった。これこそ現代版床の間である。

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