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浴室暖房乾燥機の悲しい結末

我が家の場合は、ホーロー浴槽のため意外に早くお湯が冷める。こんな時は、壁の給湯リモコンに手をのばし、ピピッと温度を60度に上げ、注ぎ湯をする。するとすぐにデッキ水栓から出た熱いお湯が攪拌する手のひらにまとわりつき、浴槽の淵に表面張力の限界を超えた湯がツーと落ちはじめるのを見ると、なんとも贅沢な気分に浸ることができる。
さらに「これでもか」の日本では、最近、浴室暖房乾燥機が話題になってきている。マンションの浴室のように、窓が確保されていない空間では、換気扇を連続運転しても湿気が完全に取れないので、その対策かと思いきや、以外に目的は別のところにあった。都心の住宅密集地や集合住宅で、外に大手を振って洗濯物を干せない状況下、浴室を洗濯物干し場として活用するための必需品として重宝されているらしい。
最近新築される戸建て住宅では、ユニットバスが主流になり、従来の在来工法によるタイル貼りの浴室よりも随分暖かくなった。それでも、一階の、それも北側に位置する場合などでは、冬場は凍えるように寒いらしい。高齢化時代を迎えた今日では、裸になる空間にこそ、暖房が求められるのは自然の成り行きかもしれない。この乾燥と暖房の一石二鳥を狙ったのが浴室暖房乾燥機なのである。売れないはずが無い。
さて、この優れモノ、我が家でも「住宅設備機器は最新のものを」とのコンセプトのもと、早速導入することになった。換気用の窓もあるし、立派な洗濯物干し場も確保できていたので、目的は冬場の寒さ対策のためだけだった。年配者(つまり爺婆)は温度差が命とりになるというではないか。
自邸は、竣工したのが春先だったため、この暖房機能が実際に試されることになるのはその年の暮れで、ほぼ十ヶ月後のことだった。まず、浴室の乾燥に関しては、最後に入浴した者が、浴室内のルーバー式の窓を少しだけ開けて出る。この時、浴室のドアは開けておく。さらに、洗面脱衣室にあるもうひとつのルーバー窓を少しだけ開けて、廊下に出る。寒いこともあるので、洗面室の引き戸は一応閉めておく。
我が家では、いつしかこうしたルールができていた。すると「アラ不思議」。ほんの一時間もすると、浴室全体から湿気がすっかり逃げているではないの。乾燥機ならぬただの換気扇も、窓を開ける自然換気でまったく不要となった。

次に暖房機能。これがその年の暮れになっても、家族の誰もスイッチを入れようとしない。位置は北側にあるものの、三階の浴室は予想以上に暖かかったのである。乾燥機としてはもちろん、換気扇としても使用しない。さらに、期待した暖房機能もまったく必要としない。
それでも一度も使用しないのでは勿体ないと、妻は真冬の一時期、娘のタカコが入浴する時だけに暖房機能を作動させることがある。確かに温風らしきものが激しく壁に当たって跳ね返ってくるが、タイル面がすばやく熱を吸い取ってしまうのだろうか、あまり体感として暖かいという実感は無いらしい。
婆ちゃんにいたっては
「まぁ、寒いでいかん」
とすぐさまスイッチを切ってしまった。確かに温風だが、風は風。年寄りの皮膚から、容赦なく体温をうばってしまうらしい。つまり結果として、この浴室暖房乾燥機は、なんと我が家では「無用の長物」になってしまった。

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